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夕日が沈みかけ、もう夜がそこまで迫ってきている。
パートから帰ってきて、灯りが付いていない我が家に違和感を覚えた。
いつもなら「おかえり」と迎えてくれる娘の姿がない。
朝、畳んだ洗濯物を仕舞わないことを怒ったので、不貞腐れているのか。
あぁっ、もう、洗濯物を取り込んでおいてくれと頼んだのに干しっぱなしじゃないか。
ベランダを開け、湿気た洗濯物を放り込む。
ひゅぅひゃらら、ひゅぅひゃらら、笛の音が、黄昏に染まるベランダに反響する。
はっ、あぁっ。と息が詰まる。
取り込もうとした洗濯物がバラバラと足に落ちる。
耳に届くそれが、一体なんであるか分からない。
いいや、理解はしている。本当は知っている。でも分からない。
それは傷付いた子どもを攫うのではないかのか。家に帰りたくない子どもたちを連れていくのではないのか。
飛び降りるような勢いでベランダに手をかけ外を見る。
身体を震わす秋の寒さも忘れ、その姿をただただ見つめた。
ひゅぅひゃらら、ひゅぅひゃらら、笛を吹き大勢の子どもを引き連れ歩くその女の姿。
子どもたちの行列に加わっている娘がいるのを見つけ、我を忘れて悲鳴を上げる。
娘を取り戻そうとベランダから身を乗り出した。
ひゅっと、身体が浮きそのあと、ぶしゃっと、身体が潰れた。
眼前に広がる赤い絵の具が、自分の血だと理解するのに時間はかからなかった。
目玉をキョロリと上を向けさせ、笛吹き女を見る。
女はこちらを一瞥することもなく、ひゅぅひゃらら、ひゅぅひゃらら、笛を吹き夕暮れから夜に変わった闇を突き進む。
そうか、と私は唐突に理解する。
私はずっと、あの子どもたちの行列に加わっていたのだと。
笛吹き女が引き連れる子どもたちの行進に、誰かれとなく「あなたはだれですか?」と尋ねる。
その子どもが、私の娘であることを祈って。
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