隠しごと

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押し入れの奥に隠した私の秘密。 学生時代はとうに終わって、自分の着ていた昔の制服は実家のどこかに片づけてある。カッターシャツは黄ばんでいるし、スカートはすでに入らない。 「制服姿」を卒業してから、もう10年以上も経っている。 社会人になってから出会った夫は私の制服姿をもちろん知らない。 ある時夫と漫画の話をしていて、彼のお気に入りのキャラクターについて知った。彼が好きだっと言ったのは主人公の女子高生キャラだった。黒い髪に、ぱっちりとした目、制服姿の彼女のカラー絵を見せられた時は不覚にも見入ってしまった。 夫の好みは把握している。 スラリとした体躯に、サラサラの黒髪、ぱっちりとした目に、それから、それから・・・。 まさか、女子高生が今のお気に入りキャラだとは。 確かにこの年齢になってくると、漫画やアニメのキャラはもれなく皆年下だ。それは仕方のないことだが、よりによって女子高生。万に一つも勝てるハズがない。いや、別に勝たなくてもいいのだが。 それにしても、結婚してから丸々としてしまったこの体。 そういえば、痩せるとアンチエイジングになると聞いたことがある。年齢も今よりずっと若く見えるかもしれない。そうすれば、女子高生姿もワンチャンある・・・? あの時はきっと頭がおかしくなっていたんだ。 でも、思い立ったその時は気づかなくて。 私は勢いのままネット通販であるものを購入する。 我に返ったのは荷物が家に届いてからだった。 (どうしよう、夫に見られたらきっと笑われてしまう。) 一瞬で黒歴史に代わってしまった荷物を押し入れの奥にしまい込んで、忘れることにした。 そう、あれは気の迷いだったんだ。 けれど、その小さな隠し事は私の心を躍らせた。 いつか、使う日が来るかもしれないなんて、来るはずのない未来に小さな希望を見出して。夫が仕事に出かけるたびに、私は押し入れの奥からそれを引っ張り出して箱を開けた。 悪いことをしているわけではなかったけれど、ちいさなワクワク感があってやめられなかった。そうこうしているうちに、意識も変わってどんどん痩せていった。体型は高校時代まで戻っていた。 だんだん季節は冬へと向かい寒くなってきた。夫のジャンパーを出すため押し入れを探っていると、いつもの箱に目が留まる。夫が足を踏み入れることが滅多にない部屋の、押し入れの奥に隠した段ボール。自分の服だから探すのを手伝うと、部屋に入ってきた夫の目に段ボールが止まった。 「この箱なんだっけ?」 ぎくりとした。 その箱の中は見られてはいけないモノが入っている。 「それは・・・まだ見ちゃダメなやつ・・・あなたの誕生日用に置いてあるやつだから・・・あと1か月したら見せるし、そのまま置いといて・・・」 咄嗟に出た言葉に、後悔がどっと押し寄せる。 段ボール箱に入った、夫への誕生日に関するものだという嘘。この場は回避できたが、さてどうしよう。 (ああ、もう。やけくそだ。) どっちにしろ夫に隠し事なんて出来るハズもなかったのだ。 そうして、夫の誕生日を迎えた。その日までに用意したさらさら黒髪ウィッグと、化粧品の数々。 化粧をして目を大きく見せ、ウィッグをかぶると少し若返ったような気がした。夫が帰る前に着替えよう。笑いたきゃ笑えばいいさ。 半ばやけくそで、押し入れの奥の段ボールを引っ張り出す。 箱の中には紺色のセーラー服一式が入っていた。 漫画の女子高生キャラにやきもちを妬くなんてどうかしてる。 そう、どうかしているのだ。 それでも、夫の気持ちを自分に向けたくて。 制服のサイズはぴったりだった。満腹まで食べなくなってから、肌もきれいになったような気がする。 漫画のようにはいかないけれど、前と比べると可愛くなった自分。 夫の誕生日に初コスプレなんて恥ずかしすぎる。 そんなことを考えていると、玄関の方でガチャリと音がした。夫が帰ってきたのだ。心臓は飛び跳ねそうなぐらいバクバクいっている。 「おかえりなさい。お誕生日おめでとう」 私を見た彼は鞄を落としてフリーズした。 目を見開いて、明らかに驚いた顔をして。 それから私を抱きしめる。今までそんなのされたことない。 今度は私がフリーズする番だった。
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