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記憶を無くしていても、体はちゃんと戦い方を覚えていたらしい。固い皮膚を切りつけると確かな手ごたえがあった。
攻撃は効いているみたいだし、これなら記憶がないこともバレずに倒せるかも。
「今だ!」
戦士と武闘家がどこからか取り出した鎖で魔王を拘束した。
なにこれ特殊プレイかなと思って眺めていると、戦士が焦れた様子で叫んだ。
「なにをしているのですか、作戦通り早くあの魔法を!」
知らない! 作戦なんて聞いていない!
「あの魔法ってなんだ?」
「あ、言うの忘れてた」
ちょっと離れた所で賢者がちっちゃく言うのが聞こえた。
「おいどういうことだ?」
賢者の近くに移動してこそこそ聞くと、相手もこそこそと教えてくれた。
「実は仲間達が魔王の動きを封じた隙に、お前が伝説の大魔法を放つ予定でいた」
「知らねーよどんな魔法だそれ」
「俺にもわかんないよ。大地の精霊様がお前にだけ特別に教えたんだ」
「なんでよりによって俺一人にだけ? 精霊ケチだな」
「しょーがないだろ大事な魔法を勇者以外にほいほい教えられないだろうし」
そんなこと言われても一体どうすればいいんだ。こっちは魔法の使い方だって思い出せないし、完全につんでいる。
「なにやってんの! 早く!」
武闘家が金切り声を上げた。
このままだと怪しまれる、やるしかない。
「うおおぉぉッ!」
なにかしなければという衝動に突き動かされ、とにかく物理で殴った。
「ふん、なにかと思えばこの程度か。痛くも痒くもないわい」
「うるさい、お前なんかに魔法を使うなんてもったいない。これで十分だ!」
頑張って誤魔化したのに後ろから文句が飛んできた。
「ふざけんじゃないわよちゃんと作戦通りにやりなさい!」
「ハァハァお花畑綺麗だな」
俺はなに一つ悪くないのに、ものすごく無能になった気分だ。
するとまた賢者が耳打ちしてくる。
「しょうがない、俺がこっそり魔法を使うから、お前が攻撃した風に装ってくれ」
「でも俺以外に使えない魔法なんだろ」
「言いかえれば誰もその魔法の効果を知らないってこと。俺が適当にそれっぽいのを使ってみんなの目を誤魔化す」
そう言うと賢者は俺の後ろに隠れて魔法の詠唱をし出した。
「え、あー、行くぜ! 伝説の大魔法!」
とにかくそれらしく演出する為に片手を上に伸ばし、魔力を集中させるふりをした。
「喰らえ!」
俺が腕を振り下ろすタイミングに合わせて、賢者が魔法を放った。
虚空から雷が落下して魔王に降り注ぐ。激しい炎が吹き上がり、かと思った次の瞬間には爆発が起こった。
「ぬおおおぉぉッ!」
魔王が断末魔を上げてその巨体が大きく揺らいだ。
「ふ、ふん! 見たか。これが伝説の大魔法だ!」
予想以上の魔法が飛び出してきて驚いたが、頑張ってカッコつける。
けれど魔王は倒れず、それどころかより一層敵意を強めたみたいだ。
「おのれ人間どもめ!」
魔王は吠えると、体を拘束していた鎖を引き千切った。太い両腕を振り回して戦士と武闘家を軽々と吹き飛ばしてしまう。
「うぐ!」
「きゃあ!」
「伝説の大魔法とやらも大したことないな!」
「くそ、なんて奴だ!」
今の魔法があまり効かなかったことに合わせてまだ演技を続けなければならないという事実に困りつつ、とりあえずアドリブで悔しがった。
けれどここからどうすればいい、戦況はかなりやばそうだ。
「どうしたのだ勇者よ。前に戦った時とはずいぶん様子が違うではないか」
覚えてないよ前の戦いなんて。俺にとってはこれが初陣だ。
「アイツどうしちゃったの」
「おかしいですね、いつもならこんな時でも冷静に必殺剣を使うのに」
動揺が悟られたのか、敵だけでなく仲間達も怪訝そうに話している。
賢者に視線で助けを求めてみたら、なにやらジェスチャーを送ってきた。技を使えと言いたいようだが使い方なんてわからない。
「い、いくぞ必殺剣!」
とにかく賢者のジェスチャーを真似して攻撃してみた。だけど振り下ろした剣はやすやすと防がれてしまう。
「ふん、なんだ今のは。必殺剣の出来損ないか?」
「そんなこと言われても」
俺が困っている一方、後ろから武闘家が賢者に詰め寄る気配を感じた。
「ちょっと、勇者の様子がおかしいわよ」
「えーいつもあんなんだろ」
「そんなことないわよ。アンタ達なにか隠してない?」
はいそうです隠してます。
もう仲間のやる気がどうのとかいいから、作戦を立て直した方がいいと思う。
「おい賢者」
どうにかこうにか賢者の所へ戻ってまた話し掛ける。
「これやばいって、一度帰るって選択肢ないの?」
「ないよ! 第三形態まで追い詰めたのに逃げられるか!」
「けどここは撤退した方が」
「冗談じゃないよあの長いダンジョンをまた歩いて戻るなんて」
そう言われても長いダンジョンなんて記憶にない。
「ではそろそろ楽にしてやろう」
「く、ここまでかよ」
「だから逃げようって言ったのに」
「魔王相手にそんなへっぴり腰が通じるか」
確かにそうかも知れないが、そのせいで戦士と武闘家が瀕死になっているのだ。
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