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「ハァハァせめてあなただけでも逃げてください」
「なに言ってるの、死ぬ時は一緒だって言ったでしょ!」
「僕は愛する人が生きてくれればそれで幸せです!」
「あ、あんたぁ!」
ほらなんか盛り上がってる。
あの二人がデキていたのは意外だがそんなの割とどうでもいい。ここからどうするかを考えないと。
「ぐ、ぐおおぉッ!」
いきなり魔王が苦しみ出した。
リア充を目の当たりにして発狂したのかと思ったが、そうでもないらしい。
あれ、そう言えばなにか思い出せそうだ。
一体誰が言った言葉だったか、人を愛する思いには強い力があると聞いたことがある気がする。
「これが愛の力?」
「なに言ってんだ」
「もしかしたらアイツ、愛とかそういうロマンチックな力に弱いのかなって」
いや、なにを言っているんだ俺は。
そうとう頭の悪い考えじゃないか。それよりもちゃんと考えないと。
「それ、あるかも」
「え、マジ?」
「詳しくはわからないけど、お前が精霊様に貰った魔法ってのも、他の奴への強い思いを使うものらしい」
そうだったのかと愕然とする。
けれどもしそれが俺の力の源なのだとしたら、これ以上どうやって戦えと言うのだ。
「無理だって、他の奴への思いなんて言われてもピンとこない」
だってなにも思い出せないのだ。
俺に恋人がいたのかそうでないのかもわからない。もしかしたら好きな奴がいて、そいつへの思いによってこれまで戦ってきたのかも知れない。
けれどその思いも全て忘れてしまったのだ。
「いいや、お前にはわかっているはずだ」
しばらくの間黙り込んでいた賢者が、不満げな目でこちらを見つめてきた。
「だって俺達、付き合ってるだろ」
予想外の言葉が出てきて、頭の中が真っ白になる。
もしかして俺は女なのかとも思ったが、むしろ目の前の男よりも体格がでかいくらいだった。
そしてコイツが可哀想なくらいにまな板な女子なわけでもないらしい。
「冗談だろ?」
すると賢者はぐっと黙り込み、拳を握り締めて唸るように答えた。
「このことはアイツらにも隠していた。男同士だからさ、秘密の付き合いだったんだよ」
悔しげに賢者が俺を睨んでくる。
「なのになんで忘れてんだ、俺にあんなことまでしておいて!」
「俺お前になんかしたの?」
その問いには答えず、賢者は顔を真っ赤にして俯いた。
本当にコイツとの間に、ただならない関係があったのだろうか。
「すまない、俺はなにも思い出せない」
賢者は一度息を呑んだ後に苦々しく呟いた。
「だよな。わかってる、今の言葉は忘れてくれ」
悲しそうな言葉に胸が痛くなる。
どうしてこんな苦しい気持ちになるのだろう。
「はぁ、仕方ないな」
スッと賢者が俺達の前に出て、両腕を広げる。
「逃げろ」
「え?」
「そいつらを連れて、逃げろって言ってんの。俺が食い止めるから」
「なに言ってんだ!」
「ごめんな」
苦痛そうに賢者は囁いた。
「お前の言った通り、さっさと逃げればよかった。そうすりゃあの二人をあんな目に遭わせず済んだのに。全部俺の責任だから、ここはなんとかするよ」
「なに言ってんだ、それは俺が全部忘れちまったせいで」
だが俺の言葉に答えず、賢者は魔法を放った。けれど魔王の力ですぐに押し返されてしまう。
「ふん、このまま消し炭にしてくれるわ!」
「ぐ、うう!」
賢者の苦しそうな声にゾッとした。まずい、このままだとやられる。
「ぐっ!」
押し負けて賢者は高く吹き飛ばされた。
床に倒れてぐったりしている所へ駆け寄っていく。
「しっかりしろ!」
思ったよりも細い体を抱き上げると、賢者は悲しそうに顔を歪ませた。
「馬鹿、さっさと逃げろって」
「そうもいかねぇ」
「今のお前には無理だよ。世界の為にもせめてお前だけでも助かってくれ」
あまりにも弱々しい声に全身が震えてくる。
と同時に、なぜだか体中の血が沸騰するような感じを覚えた。
「アイツ、絶対に許さない」
コイツとのことをなにも思い出せない。本当に自分達が付き合っていたのかもピンとこない。
だけどコイツをこんな目に遭わされて黙ってなんていられなかった。
「待ってろ、アイツをぶっ倒してやる」
そっと床に賢者を寝かせると、俺は地面を蹴って駆け出した。
手に持った剣がまばゆい光を帯びる。輝く剣を閃かせて忌々しい魔王に切り付けた。
「ぐわあああッ!」
鋭い刃が敵の体を裂くのと共に、灼熱の炎が舞い上がる。飛び散った火の粉の中、魔王が愕然と声をもらした。
「ば、馬鹿な、貴様にこんな力があるなんて」
「どーだ見たか、これが伝説の大魔法だ!」
多分な!
「こんなことが。あの非力で、ワシに恐怖していた貴様がここまでの力をつけるなど」
「知らねーよ俺にとってお前は初対面だ」
それ以上なにか言われるより先にとどめを刺した。
絶叫が空気を震わせ、次の瞬間には魔王の姿は灰となって消え失せた。
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