嘘つき賢者

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嘘つき賢者

「畜生、どうすりゃいいんだ!」  一人きりの部屋の中で、俺は思い切り叫んでいた。  俺は賢者として仲間達と魔王退治に行った。なのにあの馬鹿勇者が大事な局面で記憶喪失になりやがった。  みんなが覇気を失わないように、魔王に気付かれて隙をつかれないようにどうにか勇者に演技をさせた。  そこまではいい。記憶がないのにアイツよくやってくれた。でも問題はその後だよ。 「なぜ俺はあんな嘘をついたのだろう」  戦いの中で勇者を奮い立たせる為に自分達は付き合っていると言った。  でもそんな事実はない。  だって俺達は男同士だ。アイツがどうなのかは知らないが少なくとも俺は同性愛者でもなんでもない。  ただあの時、自分が自棄になっていた自覚はある。冷静さなんてこれっぽっちも持ち合わせていなかった。  自分でもどうかと思うくらいに混乱していたし今でもその混乱は続いている。 「おーい大丈夫か?」  ドアの向こうから勇者の声と激しいノック音がする。  気まず過ぎて顔も見たくないが、出て行かないと怪しまれる。 「あー、なに?」  おずおずとドアを開けて相手を見る。 「なにじゃねーよせっかく魔王に勝利したのに部屋に引きこもっちまうし。具合悪いの?」  声色からしてこちらを本気で心配しているみたいだ。そうだよな、恋人ってことになってるもんな。 「別に」  もごもご返事をしつつ相手の顔を確認すると、想像していたより優し気な顔と目が合った。 「まーなんでもないならいいや。お前になんかあったら心配だし」  頭をぽんぽんされて困惑する。  あんなの口からの出任せだった。本当は彼との間になにもない。俺は勇者に恋愛感情はないし、相手もそれは同じのはず。  でも実際はどうなんだ。  今まで、勇者に恋人がいたのかどうかわからない。好きな奴がいたのかも。だってその手の会話になると彼は必ず気まずそうに話題を逸らしていた。  だけど今思えば、そんな時は毎回意味深な目で俺を見ていた。  もしかしてコイツはマジで俺に惚れていたのだろうか。  ひそかに俺への好意を隠していたのだろうか。  埒も無い考えだと自分でも思うし、真相は不明だ。  それを隠したまま彼は記憶を失ってしまったのだから。 「あ、そーだ。俺らのことアイツらに話してもいいだろ」  唐突な言葉にぎょっとした。 「なに言ってんだ!」 「むしろなぜ駄目なんだ」 「内緒の付き合いって言ったでしょ!」 「俺は公言したいけどな」 「な、なんで?」 「だってお前のおかげで魔王を倒せたんだ。すっげー自慢したい。このまま隠していたくないよ」  嘘のない目で見つめられた。  ひしひしと胸に湧き上がってくる罪悪感に負けて、視線を下にやってしまう。  俺の危機でコイツが力を発揮したのは確かだから、少なからず慕われているのは間違いない。例えそれが嘘っぱちの愛だったとしても、あの時の彼にとっては真実だった。  だけど戦いは終わったのだ。  彼は自分達が両思いだと思っているが、そろそろ本当のことを言うべきだろう。  傷付けてしまうかも知れないが、ちゃんと説明しないと。 「あのさ、大事な話が」 「大変です勇者様!」  言い掛けている途中で兵士が慌てて走ってきた。 「古の邪神が勇者様に復讐する為に復活しました!」 「えぇ? 知らないよ邪神なんて。俺の知り合いろくなのいねーな」 「このままでは世界は再び危機に陥ってしまいます。どうか邪神を倒してください」 「そこまで言うならしょうがねーな。行こうぜ」 「いや待てよ、その前に大事な話が」  けれど俺は言葉を飲み込んだ。  ここで真実を話したら、勇者はもうあの力を出せなくなるのではないか。  記憶もない今のコイツに唯一残された力があれだ。邪神との戦いを前にしてその力が失われてしまったら、どうやって戦えばいい。 「どうした?」  きょとんとした顔をされ、咄嗟に誤魔化してしまう。 「あー、頑張ろうな」 「おう。この力がある限り俺は誰にも負けない! 共に行こうぜ相棒、俺達の愛を見せつけてやろう」  共にとか言いつつ、彼は一人で行ってしまった。 「あーあ」  溜め息と共に肩を落とす。  邪神が空気も読まずに復活したせいで、しばらく言うタイミングがなくなってしまった。  こうなったら、再び世界を救うまで真実は隠しておくしかないらしい。  罪悪感を胸に秘めつつ、俺は一人突っ走っていった勇者を追い掛けるのであった。 終
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