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「意味が分かりません」
「やり方があるんだって」
「でもさ、俺とお前しかいないんだよな。楽器は被らない方がいいな」
俺はその言葉にきょとんとする。
「お前やる気なの?」
「え、やらねえの?」
俺たちは互いに顔を見合わせた。同じようにきょとんとした顔がこちらを見返している。
「二人しかいないのに?」
「二人いれば十分だろ。部活だしやってだめなことはないよな?」
「……多分?」
「二人しかいないし楽器は違う方がいいよな。お前他に出来るのないの」
「ない……かな。いや、うん、サックスならなんとか」
祖父は昔からの友人たちと組んで時々貸しスタジオで演奏をしていた。俺はよくそれについて行って飽きずに聞いていた。祖父の友人たちは自分の孫みたいに俺を可愛がってくれて、競って自分の楽器を教えてくれたものだった。サックス、トロンボーンにテューバ、それからドラムス。けれど俺はやっぱり祖父のやっていたトランペットが一番好きで、そのほかの楽器は遊び程度にしか教わってはいなかったが、その中で一番触った記憶があるのはアルトサックスだった。
「じゃあそれに決定。俺はサックスやるしお前はトランペットに決定」
さくさくと一人で決めてしまうと大きいのも小さいのも片っ端からケースを開けて行く。アルファベットのJみたいなやつだよな、と聞かれて俺は頷いた。
「お、あった」
無造作に掴みだして適当にセットしようとするから俺は慌てて奪い取る。いちばんマシなリードをつけて渡すと感嘆の声を上げた。
「かっこいいな」
「言っておくけどそんなに教えられないからな」
「はいよー」
適当な返事を聞きながら本当にやる気なのだろうかと思っていた俺は、そう言えば、とようやく思い当たる。
「まだお前の名前知らないんだけど」
俺がそう言うと、ストラップを首にかけてへんなポーズをきめたまま、なんだか満足げな顔で振り返る。
「浅野達也、一組、好きな食べ物は桜餅」
「え、ああ俺は小野淳史、五組」
「で?」
「……好きな食べ物は、ぬか漬け?」
「なんじゃそれじいさんか」
とっさに答えたのに爆笑されて、俺はそいつのあたまをはたいた。
思えば俺は最初からあいつのペースに乗せられていたんだと思う。のんきそうに、でもどんどん進んでいくあいつに俺はついて行くのがやっとだった。けれどついて行くと楽しくて。
「じゃあよろしく、小野」
俺は今でもあの楽器やら譜面台やらいろんなものが置かれた準備室で見たあいつの笑顔を、昨日のことのように鮮やかに覚えている。
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