秘密の恋

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 ****  手箕(てみ)いっぱいの雑草を抱え、高杉がバックヤードに戻ると、部屋から笑い声が聞こえてきた。その声はミオと宮城島だ。年の近い女性同士で、雑談をしているらしい。  高杉は部屋の手前で止まった。ひょっとしたら、ミオが付き合い始めたと、のろけるかもしれない。  どうやら日誌をつけながら話をしているらしく、それぞれの担当生物の話を交えながら雑談をしている。仕事をしながら無関係の話をつなげる女子は器用だなと、高杉が聞き耳を立てていると、宮城島が唐突に声を潜めた。 「……ね、そういえば今朝の高杉さん、様子おかしくなかった? なんで浅香さんだけに“お、おはよう!”なんて言ったのかしら。声なんて裏返っちゃって、あなた一体何したの? 私おっかしくて、笑いそうになっちゃった」  高杉の声色まで真似て、宮城島がミオに語りかけている。高杉は顔が一気に熱くなった。普段通りに挨拶をしたつもりなのに、そんなに変だったのか。  宮城島の言い方は、からかう準備が出来ているように感じた。まだ二十代のミオなら、人にからかわれるのは慣れていないだろう。ミオが「高杉さんとお付き合いを始めた」と言ったなら、高杉は自身も部屋に入って宮城島に打ち明けようと思った。  しかし、ミオの告白は高杉に届かなかった。その代わりに、宮城島の「えー!」と大袈裟に驚く声に続き、「ほんと失敗したわ」とミオの低い声がした。  失敗したとは、どういう事だろう。今の会話の流れで、何を失敗したのか。  そのあとの二人の会話はさらに小声になり、高杉は壁に耳を擦り付けて聞いた。 「よく平気だったね。私だったら金積まれても拒否するわ」 「だって、ずーっと目の敵にされてたんですよ? 説教の為に居残りなんて、学校じゃないんだから。あんまりにも煩いから、もう喰っちゃえって思って。あの人童貞だったから上に乗ったらあっという間で、チョロかったです」 「ひぇーっ。浅香さんウワバミみたい。爬虫類館だけに」    二人の押し殺す笑い声で、いくら鈍い高杉でも、何のことか分かった。手箕を持つ手がショックで震えはじめる。 「でもさ、少しは浅香さんも好意があったんでしょ? そうじゃなきゃ、そういうの出来ないよ」 「あ、私そういうの平気なんで。でも、キスは好きな人じゃなきゃ無理。だからキスしようとしてきたから、それは避けちゃった」  あの時、高杉のキスをミオは気付いていた。「嫌いだったらSEXはしない」と言ったのは嘘で、キスを避けたのは本心だったのか。  それから宮城島とミオの会話は元の音量に戻り、週に一度しか与えないナイルワニの餌の確認に戻った。  高杉の自尊心が、足元から崩れ始めた。恋人だと思っていた。このまま結婚までいくと考えていたのに。  高杉は憤る感情を必死で抑えた。ミオに抱いた恋心が、一瞬で別の感情にすり替わったのを、痛む胸の内で感じた。
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