秘密の恋

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 **  午後になり、蛇のヒバカリの孵化の様子を見ていると、ミオが一般の触れ合い広場の菜っ葉を取りに、高杉の近くへ来た。様々な生き物の匂いが漂う中、ミオの香りが高杉を簡単に捕らえる。動物の微かな体調の変化を感じる為、スタッフは邪魔になる香料は身につけていないはず。ならば高杉の感じるミオの香りは、雌のフェロモンなのだろうか。  何でもいいから話題が欲しく、高杉は「浅香さんのアオホソオオトカゲの孵卵器の湿度調整、俺がやってあるから」と後ろ姿のミオに話しかけた。いつも注意している事を、高杉自身がやってしまえばミオを注意する必要もない。逆に、ミオからは感謝もされる。高杉はミオから笑顔でお礼を言われるのを待った。  しかし高杉の気持ちとは裏腹に、しばしの沈黙の後、ミオから深いため息が聞こえてきた。   「ありがとうございます。でも、私の担当の生物はちゃんと責任持って管理したいので、今後はやめてください。それと今朝みたいのも、やめてください。正直メイワクなんで」  一息で言い切ると、菜っ葉のカゴを抱えたミオは一度も高杉を見ずに出て行った。触れ合い広場から、ミオの「ただいまからモルちゃんのおやつタイムでーす。モルちゃんにご飯をあげてみたいお友達ー」と、明るい声がマイクに乗って流れてくる。  来場客や藤木には簡単に笑顔を見せるのに。恋人である俺には、笑顔どころか、顔すら見せてくれない。昨日の妖艶な姿は何だったんだ。    ヒバカリの卵が入ったタッパーを持ち上げて底から覗き込むと、ミズゴケの中で孵化した子ヘビがとぐろを巻いていた。まだ脱皮前の生まれたてのヘビの身体が、ミオの粘膜に濡れた皮膚を連想させる。掠れた声で「高杉さん」と、雌の顔で何度も呼んでいた。高杉も何度も「ミオ」と名前を呼んだ。あの時、確かに完全に(つがい)になった。  満たされない思いはどうすればいいのか。高杉には、分からなかった。
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