秘密の恋

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***    来場者たちの体験作業も終え、爬虫類館のバックヤードでは、スタッフたちが爬虫類たちに与える野菜を刻み始めていた。    草食・雑食・肉食と種類別に分けて用意するのは安易なものではない。草食のゾウガメでも大型なら餌は三十キロにもなるし、大きな個体のナイルワニは体重の半分の量にもなる生肉を与えたりする。    高杉はリクガメの為に、小松菜を刻んでいた。隣で藤木もオオイグアナの為に森林性ゴキブリと鹿肉にカルシウム剤と総合ビタミン剤を振り掛けていた。  不意に藤木が手を止め「そういえば高杉からもらったニジマス、助かったよ」と言った。隣にいた宮城島も「私にもまたお願いします」と高杉に笑いかける。  高杉の趣味の川釣りが、食欲の落ちた肉食爬虫類の役に立っているのだ。ほんの少しでも仲間が喜んでくれるのが嬉しく、たくさん釣れた時、高杉はここに持って来る。  ミオの担当の爬虫類にも今度は渡してみようと、高杉は考えた。きっと喜んでくれると。  途中、繊維質が足りないと気付いた高杉は、園内に生えている雑草を摘みに外に出た。オオバコやタンポポの葉を毟っていると触れ合い広場のゲートを閉める音がした。見るとミオが鉄製のゲートを閉めている。 「浅香さん、俺が閉めるよ」  なかば駆け寄るように側に行くと、高杉を見ずにミオがゲートから離れた。触れ合い広場の中の清掃も残っているだろう。浮かれて公私混同をしているのは、高杉自身も自覚していた。  冷静に考えれば、ミオの行動は何一つ変わっていない。仕事とプライベートをきっちり分けたい性分なのかもしれない。  ゲートを閉め、高杉は雑草を摘み取りに戻る。  いつになったらミオは恋人の顔を見せてくれるのか。退勤してすぐに話しかければいいのだろうか。しかし、プライベートの連絡先は交換していない。事務所に控えてあるミオの緊急連絡先を、自分のスマホに登録しておかなければ。  今後の事も考えると、妊娠や出産もするだろう。そうなったら、職場にも迷惑をかけてしまう。早めにみんなに報告したほうが良いのではないか。  高杉は雑草が貯まるまで、そんな事をひたすら考えていた。
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