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帰り際、高杉はミオに声をかけた。その声は普段通りのトーンのもので、怪訝な顔を見せながらもミオが高杉に顔を向ける。
「今度のナイルワニの餌やり、いつも通り藤木と浅香さんでやる予定だったよね? でも藤木が昼間に指切ったの知ってる? だから、代わりに俺がやるから」
業務連絡で無碍にも出来ないのか、ミオが苦々しく、「でも」「だけど」と呟いている。側に宮城島が居れば、ミオのフォローをしたかもしれない。だけど高杉はミオと二人きりになったタイミングで、声をかけた。
しばらく考えた風のミオが「けっこうです」と強い口調で言いきった。
「藤木さんが餌やりを出来なくても、そばでサポートしてもらったら、私一人でもできますし」
「でも、血の匂いでワニが興奮するかもしれないよ。浅香さんも生理の時は、休んで俺にやらせてたじゃない」
高杉の口から“生理”の言葉が出て、ミオの顔が更に歪んだ。嫌いな男から自分の生理の話をされれば、誰だって嫌だろう。可愛いと思っていたミオの顔が今ではとても醜いものとして、高杉の瞳に映る。
「……またその時になったら考えるので、とりあえず今日はこれで失礼します」
早くこの場から逃げたいのか、ミオがそそくさと自分のバックを抱えて出て行こうとする。高杉はミオの腕を掴み、力任せに壁に打ち付け首を押さえた。
痛い、と歪めたミオの頬を、高杉はべろりと舐める。
「ねえ、キスしようよ」
抑揚の無い高杉の声に、ミオが喉奥でヒィッと悲鳴をあげた。そして涙目になりながらも、猛獣のような目で高杉を睨め付ける。
「……誰があんたなんかと。死んでも嫌」
「そうか……」
ミオの顔がどんどん蒼白になっていく。酸欠で眼球がぐるりと天を向いた時、高杉は「さようなら、俺のミオ」と囁いた。
だがそれは、ミオの耳に届いていないようだった。
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