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みやげ処田島屋
錆びついた音を響かせてシャッターを上げると、ひんやりした空気が暗い店の中に入り込んできた。朝のまだ低い太陽の光が、柔らかいフィルターを通して羽矢の目を刺した。眩しさに目を細めてはみたものの、秋日和の一日となる予感に、羽矢は晴れやかな気分になった。
続けてもう一枚のシャッターを上げ、中柱を抜いて奥に格納する。隣にある塵取りと箒を手に取る。「みやげ処田島屋」のスタンド看板はまだ外に出さない。営業開店時間は十時で、今はまだ八時だ。
新型コロナによる外出控えが続き、国の旅行キャンペーンもまだ始まったばかり、世界遺産に登録された古墳の中で一番有名なここ仁徳天皇陵においても、観光客は一向に増える様子はない。
羽矢は店の中の埃を外に掃き出すと、ちらりと左隣のアパートに目をやった。
昨日の夜、八時過ぎのことだった。閉店間際になって四人組の若い外国人観光客がバタバタと入ってきた。アルコールが入っているのか、えらい大声で時間をかけて店内を歩き回ったものだ。結局ミネラルウォーターが二本売れただけだったのだが、彼らが帰った後、隣のアパートの住人が酒のニオイをプンプンさせてやってきて、うるさくてテレビの音が聞こえないとか、酒が不味いとか、喧嘩腰で文句を言ってきたのだ。パートの陽子は既に帰っていたから店にいたのは羽矢ひとり、どうしようかと思っていたら近くの住人が通報してくれたらしく、パトカーがやってきて、結局そのオジサンはパトカーに乗せられて行ってしまった。
羽矢はその住人が帰ってきているのか気になったのだ。普段は無口なおじいさんで、たまに顔を合わせると会釈くらいはしてくる人なのだが、酒を飲むと気が大きくなるのか怖い人になる。名前もどういう人かも羽矢は知らない。
まったく嫌な夜だった、とため息が出る。私が店を始めてからいいことはまだひとつもない、絶対にうまくいくと思ってるんだけどなあ、と羽矢は思っている。
商売の面白さをまだ経験していない羽矢だった。といっても祖父の店を再開してまだひと月も経っていないのだが。
この店は長年、祖父母が経営していたものだ。十年以上前に離婚して祖母が出ていってしまったが、祖父は二人のパートタイマーを雇い、細々とながら商いを続けてきたのだ。
それが先月上旬、祖父がこの店内で急死してしまった。
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