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こうして二週間前に、ひと月ほどの休業を経て羽矢は店を再開した。
勤めてくれていたパートの二人も引き続き来てくれることになった。谷本陽子は五十歳、岡田初美は六十歳、二人で話し合って、都合をつけて来てくれている。二人ともいくつか趣味を持っているようで、時給は大阪の最低賃金なのだが、それよりも時間の融通がきくことがいいようであった。
羽矢の勘繰りだが、初美は祖父と男女の関係だったのではないか、と思っている。羽矢が住み始めて最初の頃、ずんずんと勝手に寝室に入ってきたことがあった。それと羽矢や両親のことを詳しく知ってるし、仕入れのことは全部初美がやっていたようだ。そのくらいなのだが、羽矢は初美に女の匂いを嗅ぎとっていた。
羽矢は商売は仕入れが重要だと思っているので、自分でおこなうことにしたのだが、初美はいちいち羽矢の仕入れにチェックを入れてくるのだった。
「新しい商品なんて売れないよ。世界遺産になっても観光客なんか全然増えないんだから。あんなとこ、中に入れるでなし、入ったところで草ボーボー。遠くて高いところから見て楽しむところだよ。ここに来てもなんもない」
とこんな調子だ。
「少しでもいいから、せっかく来た観光客に何か面白いものを提供したいの。それがおうち埴輪セットなのよ」
羽矢が仕入れ、初美がそれに文句を言っているのが「おうちで埴輪作りセット」である。
ワンセット埴輪二体分で三千円と価格は手頃である。自宅に持ち帰って粘土で埴輪を作り、二週間乾燥させたあと、ダンボールに入れてメーカーに郵送すれば、焼き上げて後日配達してくる、というところがちょっとばかりややこしい。
羽矢がメーカーに直談判して、五ダース買い付けてきたのが三日前のことだ。残念ながら、まだひとつも売れてはいない。
「これが売れるようなら、粘土や陶芸用の電気窯を仕入れて、店の一角で作ってもらい、うちで焼いて、後日配送と、こうすれば手順もシンプルになるし、いいと思うんだけど」
「そりゃ羽矢ちゃんの店だから構わないけど、資金あるの?給料は払ってもらわないと困るわよ」
と手厳しいことを言うが、悪気のないのは羽矢には分かっていた。多分、祖父に対しても同じような接し方をしてきたのだろう。
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