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観光客と違う人
新幹線で二時間十二分。佐々木信夫は新大阪駅に着いた。南改札口を出て左に進み、タクシー乗り場へ。小さなバッグひとつきりの軽装である。
「堺市のね、仁徳天皇陵までお願いします」
信夫はバックシートに乗り込んでからドライバーにそう伝えた。
これで駄目だったら・・・。駄目だったらどうしようかな、と信夫は考えている。
彼はプロのシナリオライターである。
十二年前。初めて応募した脚本が新人賞を受賞、翌年映画化されスマッシュヒット。信夫は人気作家となってあちこちから仕事の依頼を受け、どれもヒットとなった。ヒット作量産脚本家などともてはやされ、こうなると信夫のところには何人もの女優の卵が枕営業に来たものだ。
信夫はこんな世界があったのかとすっかり舞い上がってしまい、有頂天になった。
多分それが原因で、ヒット作量産脚本家としての寿命は短かった。自分でそれなりに満足できる作品を書いていたのは五年ほどだろうか。それ以後は過去のアイデアの焼き直しであった。
学生時代に書いたつまらないホンをいくらいじっても良いものにはならない。信夫は急速に映画業界から忘られていった。
今回、信夫は初心に戻って、堺市のシナリオコンペに挑戦しようとしている。
堺市の公募内容は「世界遺産に認定された百舌鳥・古市古墳群の観光産業に貢献出来るような面白いストーリーを持った映画の脚本」である。
日本の古代についての知識はほとんどない。しかし難しい話を書いても誰も楽しまないだろう、ファンタジックなものにしたらどうかと考えているのだが、実は何も思い浮かばない日々を過ごしている。
タクシーは三十分かけて御陵通りの大仙古墳、正面に着いた。
ずいぶんと大きいなあ、というのが大仙古墳への信夫の最初の感想だ。しかし古墳内部には入れないようである。前方後円墳の鍵穴の下、中央あたりに拝所があり、そこから先は聖域となっている。大仙古墳の見学はこれで終わりなのだろうか。一週間の取材旅行を計画しているのだ。
他に何か見るものはないかとスマホでネット検索した。
「円墳周囲には、陪塚(ばいちょう)と呼ばれる小型古墳が10基以上ある。約2.8キロの周遊路が整備されており、一周するには一時間かかる」とある。
「2.8キロ、一時間。行ってみようじゃないの」
信夫はそうつぶやいてぶらり歩き始めた。時間はたっぷりある。横浜から交通費をかけて来たのだ、もっとアイデアにつながる情報を仕入れなければ。
信夫は古墳を左手にして歩きだした。観光客用の駐車場があり、その先に小さなみやげ物ショップがある。その横手にさっそく小さな古墳があった。収塚古墳、と書いてある。
その先はJRの線路が通っているので渡らずに手前を南に歩いた。
「長塚古墳」と信夫は読み上げる。
古墳といってもとりたてて何もないところだ。信夫はそのまま歩き過ぎた。
おや、ここにもみやげ物屋だ、と信夫はつぶやいた。
古臭い店の名だ。「みやげ処田島屋」だって。
「おや?」
外から眺めるとあまり明るいとはいえない店内の中で何かが動いた。素早い動きだった。
犬や猫にしては小さすぎる。信夫は何を見たのかの興味で店の中に入った。
「いらっしゃいませ~」店員が声をかけてきた。
信夫は商品を見て回るようにぶらりと店内を歩いた。しかし小動物のようなものはどこにもいない。
あえてよく似たものといえば、と信夫の目に入ったのは”おうちで埴輪作りセット”であった。
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