隣に住む人

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 羽矢は酒井達也と郵便局を出た。  最近の知り合いではない。達也は歳の離れた祖父の友人だった。  祖父がノートパソコンを買って、店の帳場で使い方がわからず頭をかかえていたのを、達也がわかりやすく解説してくれたのがきっかけだと聞いている。パソコンには性別や歳の差を越えて人と人を繋げる効用がある。  映画を作る話は達也も知らなかったようだ。 「堺市が映画ですか。最近よくありますね、ロケ地の御当地巡りなんてね」 「観光客が増えることならなんでも賛成です。ジブリとか新海誠とか、有名な人が作ってくれたらもっといいわ」 「でもここを舞台にというのはなかなか難しいですね。ヤマトタケルとか仁徳天皇とか、ここで活躍したわけじゃないからね」 「え?そうなん??」  羽矢は驚いた顔をして達也を見た。 「ここは古墳群でしょ。仁徳天皇が政りごとをしていたのは難波宮だっけ、別の場所だよね」 「へえ、詳しいんですね」 「いや特に興味はないんだけど。でも古墳がいっぱい置かれたってことは、この辺には人は住んでいなかったんと違うかな」  羽矢はこれまでそんなことは考えたことはなかった。 「多分この辺りはあまり人が住むに適さない風土だったんじゃないかな。墓地って町の真ん中には置かないでしょ」  羽矢は肩を落とした。「そうかぁ。なんかがっかりです」 「あ、ごめん。馬鹿にしてるんじゃないよ。堺って嫌いじゃないよ。国際都市のはしりだし、南国風の木も並んでたり・・・」 「いや、酒井さんにがっかりじゃないんで。今は店のことで頭がいっぱいなんです」 「でもよくお店を続けることにしたね。義男さんもきっと喜んでるよ」 「世界遺産だからっていう気持ちがあったんです。今、おみやげ屋さんたたむのはもったいないなっていう」 「会計は同じシステム使ってるの?わからないことあったら言ってね。田島屋の会計ファイルは僕が作ったんだからね」 「その節はまたよろしくお願いします」  ふたりに田島屋のスタンド看板が見えてきた。 「ところで君があの店を続けるにあたって、やっておかなくちゃいけないことがある」 「はい?」  達也の話はこうだ。  達也と義男はパソコンの他にカメラという共通の趣味があった。達也の場合は神社仏閣を訪ね、その建物や庭、石像などを撮影するのが趣味なんだとか。  一方、義男は人物写真が基本で、町内の知り合いや通りを歩く観光客の様子を撮るのが好きだったという。それが高じて防犯も兼ねておもてに小型カメラを設置した。達也はその映像をノートパソコンで見られるようにした。  それで関心が深くなったのか、義男はウェブカメラの仕組みだとかパソコンとの接続方法、設定なんかを達也に詳しく聞いてきたのだという。達也はそういう仕事をしていたので、細かく教えることが出来た。  義男はそのうち、より小さいカメラやスパイカメラと呼ばれるようなフェイクグッズを買い始めたのだそう。  羽矢は前に脱衣場で、ヘアトニックのビンを真似た隠しカメラを見つけたことを思い出した。 「義男さん、ちょっとだけ変わったことをしたんだ。店の中ばかりじゃない、この通りが全部監視できるようにあちこちにカメラを仕込んだんだ」 「困った人」羽矢はつい、つぶやいた。 「ノートパソコンを調べたら全てのカメラを切ることは可能かもしれない。でもカメラの映像はワイファイでキャッチできるから、時間をかけてでもひとつひとつ取り除かないと。それと録画したデータがどこかに残されているかも。全部クリアにしておかないと後で君が困ったことになるような気がするんだ」 「わかりました。まずはどうしたら?」 「ノートパソコンの中身を調べさせてもらってもいいかい?」 「ええ、どうぞ」  羽矢は達也を招いて、店内に入っていった。
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