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広く、高級そうなホテルの一室を見回す。ベッドから少し離れたところにはソファとローテーブル、開いたドアの向こう側には大きなアイランドキッチンが見えた。
急にこんな部屋をとるのは大変だったんじゃないか。今日だけで完全に嫌われただろうなと落ち込んでしまう。初めての食事で酔いつぶれる女なんてお断りだろう。
「すいません。ご迷惑を」
「いいえ、構いません。それに……あなたといる時間が増えて嬉しかったですよ」
真顔で言う彼に苦笑いしてしまう。歯の浮くような台詞を淡々と言うし、嬉しそうな顔でもない。本当に何を考えているのかわからない人だなと思う。
「それは……なんというか、よかったです」
なんて返したらいいかわからないが、とりあえず当たり障りのない言葉を返す。
「それでは、帰りますね。今夜はここでお休みになってください。明日の朝、またお迎えに参ります。何時がいいですか?」
彼の「帰る」という言葉に、唐突に寂しさが膨れ上がってくる。コートを腕にかけてベッドサイドに立っている彼の開いている方の手を握る。ここにいて欲しい。でもそんなの彼の迷惑になるだけだ。急いで言い訳を考える。
「すいません。あの……シャワールームはどこでしょうか」
「ああ、ご案内しますよ。立てますか?」
「はい」
ベッドの淵に移動してベッドから脚を降ろす。彼が持ってきてくれたのだろうか、ちょうどスリッパが置いてあったのでつま先を通していく。差し出された彼の手にそっと私の手を乗せる。ゆっくりと立ち上がり、手を引かれる方に歩いていく。
「ここです」
「ありがとうございます。今日はもう大丈夫です。ありがとうございました」
「いえ」
シャワールームのドアを閉める。何とかごまかせたかな。とりあえず、熱いシャワーを浴びよう。頭をすっきりさせたい。
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