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その後
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カーテンの隙間からの光が瞼に当たる。まぶしくて起きると、室内もだいぶ明るくなってきていた。ベッドサイドに目をやると電子時計が時間を示していた。
――九時四十五分――
ベッドにいるはずの橘さんの姿はない。部屋を見回してもおらず、向こうの部屋からも音がしない。彼が昨日着ていた服もなくなっている。
ふと私の頭の中に『一夜限り』と言う文字が浮かんでくる。
いや、橘さんに限ってそんなことは。でも彼が私を好きっていう方がおかしい。むしろそう考えるほうがしっくりくる。
そこまで傷ついてはいない。……そりゃ辛くないって言ったら嘘になるけど。なんていうか見事なもんで逆に感心の域に達している。昨日は色々と完璧だったから。逆にすごいおもてなしを受けたんじゃないか。ラッキー……でもないか。
そういえばホテル代。ベッドのシーツを体に巻き、窓際に向かうと大きな窓からたくさんのビルが見渡せる。
十階そこらではない高さに眩暈がする。今月の残りのお昼ご飯はおにぎり一個かも……。
カーテンを閉めてうなだれていると、遠くで〝ガチャッ〟とドアの開く音が聞こえた。
誰かがこの部屋を開けたらしい。足音がこっちへ向かってくる。速い。
すぐに壁際に移動する。壁から顔を出して音のする方に話しかける。
「すいません。まだいますから掃除は後にー」
人影が曲がってこっちに……
「橘さん……」
橘さんの髪は普段のものに戻っていた。服は昨日のスーツのズボンに、シャツのボタンを二つ開けて着ていた。
いつもの彼とは違って、話しかけやすく――はないけど、いつもの厳格な雰囲気が少し柔らかくなっていた。
「おはようございます」
「どうして、ここに」
橘さんは眉根を寄せて少し顔をしかめる。
「いてはいけませんでしたか?」
「いや、その、帰ったのかと」
「あなたをおいて?」
「はい」
彼は少し呆れている様だった。
「そんなことしませんよ。近くにカフェがあったので朝食を買ってきました」
橘さんの左手には紙袋が握られていた。言われてみると、紙袋の中から微かに食欲をくすぐる匂いがしてくる。急激にお腹がすいてきた。
「ありがとうございま「さっき、私をホテルの方だと勘違いしていましたよね」
紙袋をもらおうと伸ばした手を引き留められる。
「……? はい、そうですけど……」
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