episode 0.5 デパ地下の誘惑【女子大生編】

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 話の流れから、ついでのようにタカシは将来のビジョンを語り始める。 「俺、フリーになろうと思うんだよね」 「フリー……探偵としてですか?」 「それもあるけど、もう一つの夢も叶えたいし」 「そういえば、調理師免許を持ってるんでしたっけ?」 『自分の店を持ちたい』  そんな夢を語るタカシの姿を、高校卒業と同時に故郷を離れる間際に聞いたことを倫音は思い出す。 「目指すは、料理人探偵!」 「漫画みたい」 「夢はフリーダム」 「どこかで聞いたようなフレーズですね。でも……」  目を閉じ、深く息を吸い込む。  瞳にいつもの輝きを取り戻した倫音は、真っ直ぐにタカシと向き合い力強く依願する。 「その時には、私を雇ってくれますか」 「大歓迎だけど、軌道に乗るまでは、ギャラの支払いができるかどうか……」  いつになく憂えた様子で戸惑うタカシに、倫音はピシャリと言い放った。 「お金は、いりません。大学を辞めて、あらゆるスキルを磨くために給金のいただける仕事を何でもこなします。その上で、手伝わせてください」  揺るぎない決意の姿勢を見せる倫音に、タカシも背筋を伸ばし向き合う。 「人を見る目と、正義を見極める力を養いたいのです。それと、知りたいことが……」  このタイミングを待っていたかのように立ち上がると、鍵付きの引き出しから重要機密を取り扱うかのように倫音はB5版サイズの黒革の手帳を取り出した。 「クラブホステス時代から、母が使っていた手帳です」  目前に差し出されるも、タカシは雑記帳のように気軽にめくろうとはしない。手帳から放たれる物々しい空気に圧倒されているようにも見える。 「何十人分かの、母が懇意にしていた顧客の個人情報があります」  畳みかけるように倫音は告げる。 「恐らく、顔も名前も知らない私の父に関する情報が入っているはずです」  手帳を挟んで向かい合う二人の間で、倫音の母である静の遺影が、意味ありげに微笑みを見せていた。 「中身は、確認していないの?」 「今はまだ、詳細を知る気持ちにはなれないので。ですが……」  母の遺影と交互に眼差しを向けながらも、最終的にはタカシの目をしっかりと見つめ、倫音は頭を下げた。 「真実を知りたくなった時に、協力していただきたいのです」 「分かった、協力する。時が来たら、伝えて」 「ありがとうございます。それまでは、母と過ごした幸福荘で暮らしながら、精進します」  友人でも恋人でもなく、ましてや身内でもない二人の関係は、その後も途切れることなく……。
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