恋のはじまり

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恋のはじまり

”キス“ たった3秒の出来事に、僕は今もドキドキしている。 台本で作られたキスは何度もしてきて、役によって、色んなキスを経験したけど、昨日のは違った。 僕にとって、あの3秒は、恥ずかしいことにファーストキスだ。 僕は悲しいことに、23歳にして誰とも付き合った事のない男なのだ。 シャワーを浴びたあと、あの人は居なかった。 だから、僕のことなんて、やっぱり覚えていないと思うけど、あのキスをなかった事に出来るほど、僕は起用な人間じゃない。 だって、あれからあの人の事が頭から離れないんだから。 こんな感情は生まれてはじめてで、自分でも驚いていて、ドキドキして、ソワソワして、どうしていいか、わからないほどなのに、あのキスが頭の中に居座っていて、あの人のことしか考えられないでいる。 せめて、昨日部屋に連れてきたのは自分だとわかってほしくて。 僕はあの人に会いにきた。 あのバーで、もうすぐ酔いつぶれてしまうくらいに待っているというのに、今日に限ってあの人は全くあらわれてくれなかった。 私の行動はどうみても不審者だ。 部屋を出て、いつものバーに行くだけなのに、帽子にマスクにサングラスまでして、辺りをキョロキョロ確認して、柱に隠れながらバーを目指している。 マイケルならきっと何かを知っているはずだと思って部屋を出てはみたけれど、あまりに私の格好がミスマッチ過ぎて、逆に目立ってしまっていて、おとなりさんにばれるのではとバーまでの道のりは気が気ではなかった。 「ハーイ、ななみ」 「どーも、マイケル。元気?」 「元気だよ。昨日は大丈夫だった?」 「大丈夫じゃなくて・・・。実は何も覚えていませんでして・・・・・」  微笑んだマイケルは、昨日のことを教えてくれた。 「ほ、ほ、ほんとにごめんなさい。何か壊したりとかしなかった?暴れたりとかー」 「大丈夫!大丈夫!何もないよ。すぐね、日本人がななみを連れていってくれたから」 「日本人?」 「そう、そこの人」 そう言ってマイケルが指差したのは、カウンターで酔いつぶれて寝ている1人の男の人だった。 マイケルによると、その人は最近よく1人で飲みに来ている人で、今日は珍しく夕方から来てひたすらビールを飲んで、さっきとうとう寝てしまったのだと。 昨日は、早くに帰ろうとしたみたいだけど、私の声を聞いて戻ってきて連れていってくれて助かったと。 『若い』 キャップを被っていて顔はよく見えないけれど、服といいスニーカーといい、これは若者確定だ。 この人が私を部屋まで運んでくれて、それからどうにかなったのか、ならなかったのかってこと・・・?  また恥ずかしさが襲ってきて、私はそのまま部屋に戻ろうとマイケルにあいさつしようとした時だった。 「ななみ、これから貸しきりになるんだけど、この人起こしてくれない?」 「わ、わ、わたしが?」 「うん、もうすぐ友達がくるから、お願い!」 「えっでも、わたし、あの・・・」 後ろから、マイケルの友達たちの騒がしい声が近づいてくる。 「あのー、起きて下さいー。あのー」 私の大声にも、全く起きる気配がない。 揺らしても。 もっと揺らしても。 死んだように寝ているじゃないか。 どうしよう・・・ もうそこまで、マイケルの友達が来ているし 、マイケルは早く早くと私をせかしているし、昨日はお世話になったようだし、いちを、この人の部屋はわかっているんだし。 よし! 運ぶしかない。 覚悟を決めて、その若者を担ごうとした。 しかし、この男、重すぎる!  いくら私が力持ちだとしても、私の運べるレベルじゃない。 辺りを見渡すと、ちょうどいい大きさのビールを運ぶ台車が置いてあった。 これだ! やっとの思いで台車に乗せて、部屋の前へと急いだ。 『ない、ルームカード』 ない!ない! どこにもない。ポケットにも、財布にも、どこにもない。 「まじか・・・」 心の声が声に出た。 ここまで来るのに、ホテルのスタッフと宿泊客の痛い視線を我慢して、やっとたどり着いたんだから、また戻るなんてできっこない。 これはもう、私の部屋に入れるしかない。 仕方なく部屋に入り、台車からやっとの思いでベッドに寝かせたのはいいんだけど、これまたどうも落ち着かない。 自分の部屋のベッドで知らない若者が寝ているこの状況。私は何回あり得ない状況におちいっているんだろう。 このまま黙って見てるのも変だし、一緒に寝るのも変だし。  かといって、ひとりシャワーを浴びるのもおかしい。 ベットに寝ている若者を、もう一度じっくり見ると、帽子にサングラス、スニーカーまではいたままだ。 さすがに、これは可哀想かなと。 帽子とサングラスを外してあげて、見えた顔に私の息が止まった。 『く、く、くがたくみ!』 芸能人久我拓海! よりによって久我拓海! 私の中の、嫌いな芸能人ランキング1位の久我拓海! 久我拓海が昨日私を部屋まで連れてきてくれて、久我拓海が私の部屋の隣の若者だったのだ! 何十回と観察しても、そこにいるのは久我拓海だ。 芸能人久我拓海がなんで1人でこのホテルにいるの? しかもバリ島に。 それも私の目の前に。 理解しがたいこの状況に、私はまた頭を抱えた。 私が久我拓海を嫌いな理由は三つある。 1つは、カッコつけてる所。 2つめは、上から目線な態度。 3つめは、正直飽きたからだ。 ドラマも映画もCMも、どこを見ても久我拓海で、ほんとうに見飽きたのだ。 私が日本のドラマを見なくなったのは、完璧久我拓海のせいだ。 それに、小さい頃は可愛かったのに、最近じゃ調子に乗りすぎて、性格の悪さが際立って見えて。最低の目で見ていたのに。 私の目の前で、気持ち良さそうにスヤスヤ寝ている久我拓海は、なんだかすごく違って見えた。 テレビで見るオーラなんて全然なくて、性格悪そうな顔もしてなくて、普通の若者が酔っぱらって寝ているだけの別人だった。 『この子、ほんとはかわいいの?』 私の中で、ほんの少しだけ久我拓海の印象が変わった夜だった。
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