俺の二つの隠しごと

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 ちなみに、こっちに帰ってきてから「人を殺せる実戦的な技を学べる」が(うた)い文句の古武術の道場に見学に行ったけど、もう笑うしかなかったね。あんな技、実際の殺し合いで使えるわけない。まあ、それも当たり前なんだけどな。実際に人を殺したことのない奴が、人殺しの技を教える……童貞が、セックスのやり方をレクチャーするようなもんだ。あんな道場の連中なんざ、異世界にいた時の俺だったら簡単に皆殺しにしてたね。  これから異世界に行きたい、などと考えているバカ野郎がいたら言っておきたいね。大事なのは足だ。走れなくなった時点で、命は終わり。アホな古武術道場に通ってる暇があったら、週に三回ランニングした方が遥かに有効だよ。  もっとも、異世界なんざ行かない方がいいぜ。あそこは、はっきり言ってひどかった。  まず、飯がまずい。死ぬほどまずいんだよ。よく「自然の味」「素材の味が~」なんてほざく連中がいるけど、いっぺん異世界に連れて行ってやりたいね。異世界なんて、塩すら簡単には手に入らないんだぜ。肉にしろ魚にしろ、焼いて食うだけ。しかもだ、下手に時間かけて調理していようものなら、その隙を襲われる可能性だってある。要は、出来るだけ手早く調理して早く食べる、それが当たり前だったのさ。  こっちの世界で、十年ぶりに米の飯を食ったら、本気で泣いちまったよ。こんなに美味いものが、世の中にあったのか……という感じだったね。そんな俺を見た両親も、感激して泣いてたけどな。あん時ほど、帰って来て嬉しいと感じたことはないね。  コンビニで買える菓子なんか凄いぜ。異世界の連中が食ったら、美味すぎてショック死しちまうかもな。こっちの世界じゃあ、異世界の王ですら味わったことがないような美味いものを、庶民が普通に食ってるんだぜ。  あとな、異世界では男も女もみんなブサイクだ。それも半端じゃないぜ。異世界じゃ、二十代なのに六十過ぎた爺さん婆さんみたいな面してんのが大勢いたよ。まあ、それも当然なんだけどな。こっちと異世界じゃ、栄養状態が段違いだ。美容に関する知識もまるで違う。しかも、生活のストレスも段違いだ。ストレスは、人間の老化を格段に早める。  結果、二十代なのに五十代くらいに見えちまうんだよ。これ、本当だぜ。実際、こっちに帰ってきた直後は、道行く女がみんな絶世の美女に見えたな。天国かと思ったぜ。  ついでに、異世界じゃ前歯が揃ってる奴なんかいないぜ。特に男は、みんな前歯がなくなってる。まあ当然だよ。歯医者なんてシャレたものはないし、野良仕事の最中の事故や戦いやらで前歯は折れやすい。王侯貴族でもない限り、前歯がないのが当たり前だったね。かく言う俺も、異世界じゃ前歯はほとんどなくなってたよ。こっちに帰って来たら、全部元通りなんでビビったけどな。  さらに言うと、男も女も鼻毛は伸び放題だ。もちろん、脇毛なんか剃らない。それに毎食後は歯を磨くという習慣がないし、そもそも入浴という習慣がない奴も多い。一ヶ月以上、体を洗わない奴なんて普通にいたよ。髪の毛が汚れで固まり、ドレッドヘアみたいになってる奴も珍しくない。現代の無菌状態で育った潔癖症の日本人が異世界に行ったら、匂いだけで卒倒しちまうだろうな。  ファンタジーアニメに出てくるような綺麗な女の子なんざ、俺の行った異世界にはひとりもいなかった。これは断言できるぜ。  俺は、こっちの世界に帰ってこられて、本当によかったと思っている。飯は美味いし、安全に生活できる。生きるために戦う必要もないし、女はみんな美人。まさに、この世界こそが天国だったんだな。俺は、そう確信した。  だが、時が経つにつれ……妙な思いを感じるようになっていた。      初めて人を殺した時、なんともいえない感覚が俺の体内を駆け巡ったんだよ。それが何なのか、当時はわからなかった。  でも、今ならわかる。あれは、生き物の本能の叫びだったんだよ。  人間がまだ、獣だった頃。当然ながら、人は殺し合い、奪い合っていた。せっかく得た肉や魚も、外敵に奪われる可能性だってある。  だから、獣だった時代の人間にとって、敵を打ち倒すことは安心を得られる行為だった。安心、すなわち快楽だ。当時の人間にとって、安心は何よりの快楽だからな。  つまり、昔の人間にとって、敵を殺すことは快楽を得られる行為だったんじゃないかな。その記憶が、今も人間の本能に刻み込まれているんだよ。  そう、現代人にとって人殺しはタブーだ。しかし、人殺しによって快感を覚える部分も、人間の奥底にはあるんじゃないかと俺は思う。  実際、俺は人を殺したくてたまらない。異世界にいた時は、何やかんやで否応なしに戦いになる。戦いになれば、殺るか殺られるかだ。殺さなくちゃ仕方ねえ。  ところがだ、こっちの世界じゃあ人殺しは罪だ。当然ながら、人を殺せば警察に捕まる。  でもな、体に染み付いた記憶ってのは消えないんだよ。前にテレビで薬物依存症の人が「薬物をやって得た快感は体に記憶されている。その記憶は、生涯消えない」って言ってたけど、俺にはその気持ちがよくわかる。  さっきも言ったけど、こっちの世界に帰ってきた時、俺の体に付いていた傷は綺麗さっぱり消えていた。でも、記憶は消えやしない。特に、体に染み付いた記憶って奴は絶対に消えないんだよ。俺は、異世界で動いていた通りに動ける。異世界で覚えたことは、今も完璧にこなせる。石の投げ方、人の殴り方、そして、獲物の解体なんかもな。  実はさ、一週間くらい前に久しぶりに人を殺したんだよ。どうしても我慢できなくてさ。いやあ、気分壮快だったね。バットで頭をフルスイングしたら、呆気なく倒れた。そのまま滅多打ちにしてとどめを刺した後、近くの廃墟に死体を運んだ。  そこで死体を解体した後、きちんと食べてやったよ。  おいおい、なんつー顔してんだよ。あのな、動物の中で一番殺しやすいのは、人間なんだよ。野生のウサギなんか、仕留めるのに苦労する。ところが、人間だったら簡単に殺せる。嘘をついて丸めこみ、人気(ひとけ)のない場所に連れ込んだら、後ろからボカンだ。飢えたら、背に腹は替えられないからな。食い物がない時は、人肉を食ったよ。  一般的に、人肉はまずいと言われてる。だがな、そうでもないんだよ。くせになる味だぜ。一度食べてみりゃわかるよ。  ん、どうしたんだ? えっ、これ? これはバットだよ。見りゃわかるだろ。  何のために持ってるかって? そりゃもちろん、あんたを殴るためだよ。悪いね、こんな人気(ひとけ)のない場所にまで来てもらってさ。でも、仕方ないんだよ。俺の秘密を知られた以上、死んでもらうしかないからさ。  安心しな。あんたの死体は、俺が美味しくいただくからさ。
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