08.終わるまで待ってて

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08.終わるまで待ってて

 大して興味をもてなくなった獲物を一瞥し、俺は溜め息をついた。少し前までこの女の白い首から得られる血は、それなりに満足させてくれたのだ。温かく、穢れのない血は舌の上に甘く広がった。  だが、それ以上の芳香を放つ獲物を見つけてしまえば、目の前の粗食をわざわざ口にする必要は薄れる。  ましてや、生きるために必要な血ではないのだ。嗜好品に近い血を我慢することは、俺にとってたいした苦労はなかった。  周囲でおこぼれを楽しみに待っている魔物に視線を流し、女を彼らの足元に放り出す。  長く柔らかな髪や白い肌がまったく魅力的に見えない俺と裏腹に、魔物たちには最上の獲物だった。飛び掛る魔物が彼女を引き裂き、その喉が悲鳴や苦痛の響きを絞り出しても、心はまったく痛まない。 「……逢いに行くか」  呟いた俺の口元は僅かに笑みを刻む。足元の惨劇を無視して、美しい堕天使は宙へと舞った。  ひとつ欠伸をしたオレの目に映るのは、沢山の墓だった。肌寒い夜気をローブで遮りながら墓場の端にある大きな木に寄りかかる。欠けていた月が少しだけ戻り、鋭い三日月がナイフのように輝いていた。 「これって、オレの仕事じゃないよな?」  思わずぼやいてしまうのも無理はない。墓を荒らす魔物が出るのならば、祓魔師であるオレの出番だが……墓を荒らす人間が相手ならば警察の仕事だろう。なのに、ここに有名な聖人が眠っているという理由だけで駆り出された。オレがぼやくのは、ある意味当然の権利だ。 「ならば、なぜ来た?」  突然の声に振り向けば、木の陰から顔を見せたのは先日の美人さんだった。  敵か味方かといわれれば敵なのだろうが……どこか無邪気な彼は微笑を浮かべて小首を傾げている。身体のラインが出るぴたりとした黒い衣装を纏う姿に、オレは目のやり場に困ってしまう。外見が魅力的だという自覚がないのか、それが武器だから見せ付けるのか。 「まさか……?」  アモルが犯人じゃないよな? 確認の言葉に、アモルは静かに首を横に振った。 「死体に興味はない」  あっさりと否定されて、ほっとする。彼ほどの実力者が絡んでいたら、自分ひとりでは手に負えなかったと安堵した。思わず笑みを浮かべたオレの頬に冷たい指が触れる。  ゆっくり這わせて意味ありげに左目の縁で止まる指が、すっと離れた。
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