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「痛っ」
舌打ちして起き上がるオレの右手に絡まる銀の十字架は、泥で輝きを消している。拭えば聖水の清めは消え、拭わねば曇りに効力が落ちる――最悪の展開に唇を噛み締めた。
ハデスを呼び出すか迷うオレの前に、ひらりと白い羽を広げたアモルが降り立つ。
真っ白な翼の先や足元が、崩れた死体の上に触れてもアモルは気にした様子はみせなかった。まるで最後の審判が訪れたかのような……どこか神聖な雰囲気すら漂う。
「っ……アモ、ル?」
オレの足に絡む使者の指に、爪まで整えられた象牙色の指が伸ばされた。互いが触れる寸前、まるで己の朽ちた指先を恥じるようにアンデッドの手が土の中に引っ込む。にやりと笑ったアモルがとんと指先を地に押し当てた。
『我が名を知り、恐れよ』
声にならない言霊が零れ落ち、指先から地へ伝わる。
直後、アンデッドの気配は綺麗に消えていた。人外が発する独特の気配は感じられず、足元の死体たちも動く様子は見られない。まるで何もなかったかのように……大地は沈黙を取り戻していた。
「セイル、こちらへ来い」
手招くアモルに戸惑うが、手が届くぎりぎりの距離まで近づいて止まった。当然とばかり歩み寄って距離を消したアモルが指を伸ばし、オレの腕に残った傷痕に目を向ける。
さきほど倒れこんだ際、墓地に植えられた薔薇の棘が傷つけた切り傷が細い線となって赤く浮かび上がっていた。
「……手伝わなくて良かったのに」
失敗した姿を見られた気まずさからアモルを詰るオレへ、魅惑的な笑みを浮かべた堕天使が視線を合わせる。真っ直ぐに覗き込む蒼い瞳に気を取られたオレの左腕に激痛が走った。
「痛っ」
細い線傷を抉るように爪を立てたアモルが、赤く血に濡れた指を口元へ運ぶ。見せ付けるように近距離で指の赤を舐めとり、そのままオレの首に手を回して抱きついた。
「血をもらう前に死なれるのは困る」
ひやりと冷たい肌の温度に、ぞくりと背を寒気が走る。本能的な反応で身をよじるオレを押さえつけるように翼でくるみ、その首筋へ顔を埋めた。
「約束だ、貰うぞ」
肌の上に注ぎ込むような甘い声の直後、牙がつきたてられる感覚にオレの膝が崩れる。小柄な体に似合わぬ力強さで、自分より長身のオレを支えるアモルの喉が、ごくりと動いた。
腐った肉の臭いと不釣合いの薔薇の芳香、その両方を消し去るような鉄さびた臭いが広がる。
「……二口、だからな」
約束した量を繰り返すオレの言葉に、美しすぎる吸血鬼は素直に唇を離す。血を流す傷をぺろりと舐めて癒し、オレの唇へ己の唇を合わせた。ぬるりと唇をたどる舌の感触に肌が粟立つ。
「約束は守る」
根拠のない悪魔の言葉を聞きながら、オレは諦めに目を伏せた。
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お読みいただきありがとうございます。
キスシーン程度のつもりでしたが、ぇろ……いります?(・ω・;A)アセアセ…
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