10.薔薇の意味に気づいたか

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10.薔薇の意味に気づいたか

 腐臭と薔薇の芳香、血の鉄さびた匂い……すべてが交じる中、オレの意識は薄れていく。 「……セイル?」  名を呼ぶ声は優しく、ひどく心地よい。その響きに唇が声にならない名を紡いだ。  甘い血で喉を潤した吸血鬼は、白い翼で大切そうに包み込んだ獲物へ透明な笑みを向ける。それは美しいが、魅惑的ではなく……どちらかといえば慈愛を感じさせる表情だった。悪魔と呼ばれ、堕天使に分類される彼に相応しくない。  薔薇の脇、平坦な地にオレを横たえた。自分より大柄な相手だろうと、魔力によってたいていのことを成す悪魔にとって容易いだろう。長い三つ編みの先を指先で弄りながら、空中に腰掛ける。  ここを境に、向こう側は墓場でありアンデッドにより荒らされた地が広がる。しかし、薔薇の手前は何も荒らされておらず、平常時と同じ平和な時が流れていた。  この違和感に、気付けない程度の実力ならば、すぐに狩りとってしまおう。気付けるなら……もう少しだけ生かしてやってもいい。自分勝手な呟きでオレの生死を図りながら、アモルは楽しそうに口元に弧を描いた。  その笑みを最後に、オレの意識は完全に途絶えた。  肌寒さに目覚めれば、すでに吸血していた堕天使の姿はなく……周囲を見回して危険がないことを確認してゆっくりと起き上がった。鼻をつく薔薇の強い香りに頭痛を覚える。ぐらぐらと頼りない感覚に苛立ちながら髪をかき上げ……銀髪がほどけていることに気付いた。  アモルが解いたのか。わからぬまま、慣れた指先が三つ編みを器用に編んでいく。くるりと髪を絡めて留め、溜め息をついて額を押さえた。 「……踏んだり蹴ったりだ」  散々な任務だったと肩を落とす。  アンデッド程度に梃子摺ったことも、悪魔に手を借りて代償を血で支払ったことも、悪魔祓いとして失格だろう。他の誰かと組んで仕事をしない自分の主義に、ちょっとだけ感謝したくなった。こんな醜態、誰かに見られでもしたら、恥ずかしくてしばらく本部へ顔を出せない。  リリトあたりにはバレるかもなぁ。  透視に近い予知能力を誇る金髪美女を思い浮かべ、苦笑いして身を起こした。
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