10.薔薇の意味に気づいたか

2/2
前へ
/77ページ
次へ
 薔薇のすぐ脇に横たわっていたが、さきほどの怪我以上の傷は見当たらない。それどころか、先ほど切った線傷も薄くなっていた。吸血の影響か……判断できずに首を傾げるにとどめる。  蕾ばかりだった薔薇は、美しい赤い花弁を広げて月光を受け止めていた。満開の姿は誇らしげで、不思議な胸騒ぎを覚える。何もない後ろを振り返り、荒らされた墓石が転がる正面に向き直った。  おかしい……。  薔薇にアンデッドを退ける能力はない。奴らが嫌う理由もないのに、どうして向こう側だけ荒らされた?   ここを越えれば、聖人の墓があった。彼の人の墓を荒らされれば、簡単に祓うことも出来ず苦戦しただろう。聖人であった遺体はそれだけで力を持つ。死体である以上アンデッドが支配下に置くのは難しくない。だが、聖なる力を持つ遺体は祓魔師の力を半減させ、アンデッドを守る鎧に近い効果を発する。  奴らに知能があるか知らないが、今までの戦いの経験や記録を鑑みれば知っていると判断できた。だからこの墓地の奇妙な噂にオレが派遣されたのだ。にもかかわらず、奴らは薔薇を境にこちらへ手を伸ばさなかった。 「……赤い、薔薇?」  そもそも、墓場に赤い薔薇など植えるだろうか。真っ赤な花弁は血を吸ったような真紅で、禍々しく思えてくる。本能的な恐怖を覚えて後ずさったオレの首に、冷たい手が絡みついた。 「っ……!」  振り向きざま十字架を翳すオレは、白い翼を広げるアモルの姿に安堵の息を吐く。本来は敵である堕天使だが、とりあえず自分に害のない存在だと認識し始めていた。  彼が本気でオレを殺そうとするなら、抵抗する間もなく命を奪ってみせるだろう。こちらを殺す気のない堕天使に、文句だけはつけておく。 「……アモル、驚かすなよ」 「薔薇の意味に気付いたか?」  小首を傾げて尋ねるアモルの冷たい指が、粟立つ首筋を這うように撫でた。そのまま腕を絡める悪魔を受け止めて、信じられないほど軽い身体が抱きつく。  見せ付けるような白い翼が、赤い薔薇の不吉な残像を消した。 「普通、赤なんて植えないよな」  以前に薔薇を植えた墓地を見たことがあるが、あれは白薔薇だった。淡いピンクの薔薇も見たことがあるが……真紅というのは覚えがない。なにより、夜に咲く薔薇など知らない。昼間開いた花弁がそのままならばわかるが、わざわざ夜に開くなんて――ぞくりと背筋を走った不快な感覚に、オレは唇を噛み締めた。
/77ページ

最初のコメントを投稿しよう!

456人が本棚に入れています
本棚に追加