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「どうぞ」
互いの間を隔てる小さな部屋の椅子をすすめ、自らは裏側に入った。彼女の声が日常のささやかな妬みや恨みを告白していく中、見えないのをいいことに煙草を咥えて過ごす。
火をつければバレてしまうので我慢しているが、そろそろ限界だった。日曜礼拝で臭いを纏うわけにいかないため、昨日から我慢しているのだ。強制禁煙は苛立ちを募らせる。
「……神は御許しくださいますでしょうか」
締めくくられた懺悔に、咥え煙草を手に戻したオレは優しげな声を作って応じた。たしか、こんな感じだったか。
「すべてを素直に告解されたあなたをお許しにならぬ筈がありません。父と子と聖霊の御名によって赦しを与えます」
言葉を終えると煙草を咥える。匂いだけで我慢するのも今夜限りだ。絶対に悪魔を退治して、煙草を吸ってやる。
そもそも懺悔するくらいなら、最初から罪を犯すなっての。辛辣な言葉を内心に収め、身に染み付いた祈りの形をとる。十字を切って祈りの形に組まれた手元だけを見た女性は、ほっとした様子で「アーメン」と追従して部屋を出た。
赦しの秘蹟と呼ばれる重要な職務の最中、懺悔を許す司教が咥え煙草でいたと想像する奴はいない。神をも恐れぬ振る舞いを平然と行ったオレは、罰当たりなのだろう。告解室の狭い仕切りから出るなり、大きく伸びをした。
「さて、あとは夜まで休むかな」
今回の任務は「教会の神父代理」ではなく、「教会に出没する人外の排除」なのだ。夜から戦う羽目になる立場としては、昼のうちにしっかり休憩を取りたいのが本音だった。
次々と訪れる告解を別の司祭に任せ、ふらふらと裏の宿舎へ向かう。白いシーツはよく干されていて、陽の匂いがした。ごろりと横たわると、すぐに丸くなって眠る。そんなオレの態度に呆れた声が『風邪を引くぞ』と降ってきて、ふわりと上掛けが舞い上がって掛けられた。相変わらず面倒見がいい。
そこには誰もいないはずだ。不思議な光景を見ていたのは、窓際の鳥くらいだろう。
――深夜。
夕食もとらずに寝ていたオレはようやく起き出し、長い銀髪を櫛で梳く。普段から三つ編みにしている髪を丁寧に編み直し、その編み髪の間に細い紐を滑り込ませた。
「さて、それじゃ……悪魔祓いと行きますか!」
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