04.その瞳が欲しい

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 掴まれていた手を振りほどき、空中に円を描く。逆の手で文字らしき記号を追加し、アモルの唇が音もなく名を紡いだ。 『我が名のもと来たれ』  声にならずとも言霊は放たれ、すべての世界を駆け巡る。その呼声に逆らう術のない悪魔は、わずか数秒で召喚された。  浅黒い肌に獣の耳、狼のような鬣が背中を走っている。丸めた背中と長い手足は縮こまっていて、まるで老人のようだった。お世辞にも整っているとはいえない顔には、大きな牙が覗いている。  呼び出された悪魔を前に、オレは長い三つ編みを指先でくるりと回した。  正直、この程度の相手なら相棒であるハデスの出番はない。左手に収まる相棒にちらりと視線を送ると、すっと重さが消えて召喚が解かれた。 『下位であっても、油断するなよ』  オレの性格を知り尽くした相棒からの忠告に、「わかってるって」と軽く返した。オレの指が十字を描いて悪魔を指し、唇が断罪の言葉を吐き出す。言葉を声にする必要はない。  祓魔師も悪魔も、高位になればなるほど言霊を声に乗せない。音にすることで、必要以上に威力が増大するのだ。逆に能力が足りないものほど、言葉を音に乗せて力を増幅しようと試みる傾向があった。 『神の御名において、我に悪魔を退ける力を……』  うなり声をあげて抵抗の意志を見せた魔物が飛び掛るより早く、オレの言霊が存在を打ち消す。  閃光が目を焼き、影である魔物を焼き尽くした。灰すら残さなかった光が暗闇に消えるのを待って、オレはゆっくりと息を吐きだす。これで生気を奪われ入院した神父は解放される筈だ。  おそらくアモルに魅了された隙をつかれ、囚われたのだろう。もしかしたら幻惑などを使って、アモルの存在を装ったのかも知れない。神父に多少なりとも退魔能力があれば、このような事態にならなかったはずだが…………。  任務が終わったことにほっとしながら、魔物を焼いた閃光を浴びても無傷のアモルに向き直る。 「契約だったな、左目をやる」  潔く言い切ったオレの前で、アモルが白い指を伸ばす。紫の瞳が埋め込まれた顔の輪郭をなぞり、その指が左目の縁に触れた。
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