逢う魔が刻

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前を行くスーツ姿の男が、懐からスマホを取り出す。 同時に、ソフトボール大のぬいぐるみのようなものがアスファルトに転がった。 そうして、ぼてっとした中華(ちゅうか)饅頭(まんじゅう)のようなドームを形づくる。 営業に疲れているのだろう。 前を行く男は落とし物をしたことに気づかぬようであった。 ひょこひょこと歩み去ろうとしている。 私は玄米パンのような茶色のぬいぐるみの脇に立ち、声を放った。 「あの、すいません。落とし物しましたよ」 私の声に驚いたのか、男は左右の肩を上げて、びくりと立ち止まった。 右足を引きずるようにして、こちらに向き直る。 先ほどから気づいてはいたのだ。 男の革靴のかかとは両足とも、左側ばかりが、すり減っていた。 足が不自由なのかもしれない。 声をかけられて怯えているのか、男の顔はまるで、今にも泣き出しそうに見えた。
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