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私は右手の人差し指と中指、親指でぬいぐるみをつまみ上げようとした。
細かい毛で覆われた、茶色のドームに触れる前に、いったん手を止める。
汚い手で、ぬいぐるみを汚さないかと気になったからだ。
念のため手のひらを見た。
汚れてはいない。
「キェエイ、キェイ、キェイ」
男が7、8メートル向こうで奇声を発した。
顔だけを上げて其方を見る。
丸い目がさらに見開かれていた。
五角形の顔から、眼球がこぼれ落ちるのではないだろうかと心配になる。
どういう訳かは知らないが、男は興奮状態にあるようだ。
私は鼻から「ふん」と、音を立てて息を吐く。
「変なやつ」
下を向いて、落とし物を拾う動作に入った。
指の先が触れる寸前、ぬいぐるみの形が歪む。
刹那、中華饅頭がぶるっと震え、表面の細かい毛が細波を立てた。
私が動作を中断すると、ぬいぐるみは寝返りを打って、仰向けになった。
中華饅頭の底には、たったひとつ、体の半分ほども大きな目が存在している。
地に伏していた間は固く閉じられていた瞼が今、ゆっくりと開き始めた。
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