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その子は突然の事に戸惑い、どうするのが正しいのか、と思案の中に落ちていった。
――自己紹介……二人とも、何かを成したみたいな顔をしている。とすれば、ここでとるべき行動は。
「……またのお越しをお待ちしております」
――そう、この二人は店員に自己紹介をして、自分たちを覚えてもらおうとするほどにこの店を気に入ったのだ。ならば、そう答えるのが妥当。
その子の推察はしかし、ぽかん、と口を開けたまま固まってしまった二人が、少ししてからくすっ、と吹き出したことで裏切られる。
「ごめんごめん、マキちゃん!言葉が足りなかったね」
「私たち、マキさまのことが知りたいのですわ。名乗るなら私たちの方から……と思いまして」
夕焼けのせいか、頬に薄く朱の走った二人は、車椅子のその子から視線を外さなかった。見つめられたその子の方は、なお疑問符を浮かべていたけれど。
「あの、どうしてお二人は、私の事を知りたいのですか?」
それを聞くと、二人は顔を見合わせて、一度こくっと頷き、それからまだ伸び続けるまっすぐなままの声色で、たった一人の未来を変え得る言葉を包んでいた。
「あのね、マキちゃん。あたしたち、マキちゃんと友達になりたいの。一緒に遊んだり、笑ったり、泣いたり、なんでもない事で喧嘩したり、悩んだり」
「辛いことがあったら頼ったり頼られたり、思い出を共有し合ったり、えっと……歌ったり、ですわ。それが友達というものですのよ」
「……ともだち、友達……」
風はとうにやんでいたのに、その子の瞳に映るシューとタルトの柔らくて細いま睫毛は、ふるふると揺れていた。黒の水晶が捉える今だけの鮮やかさは、その温度に近づきたいのに片言で色の見えない疑問しか知らなかったその子にとって、一番知りたかったものに思えた。
告げる言葉の持つ意味や可能性は、知識が教えてくれる。けれど、繊細な音に震えた空気がそっと届けてくれたたった二文字が響いたこの一瞬は、どんな本にも映像にも写真にも話にもない温かさがあるような気がした。
――あ……。
ギ、キキ。
気が付くと、ほんの少しだけ車椅子を前に――二人に近いほうに――動かしていた。
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