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シューは腰に片手を添え、空いていた右手で、びしっ、とその子を指さすと、その子の高らかに新しい名前を告げた。
シューの声がはっきり聞こえないくらい、その子の心は、まるでエラーでも出しているみたいにうるさかった。
――……。
「シナモン。マキちゃんのあだ名は、シナモンです!」
「私のときみたいに直感ですわね、シューさま……私たち、すっごい甘そうな名前をしていますわ……可愛いですけれど」
「シナモン…………」
シナモン、シナモン、シナモン。
その言葉だけがループして、他が見つからない。
――シナモン。
この名前だけは、何があっても忘れはしないだろう、これから先、ずっとずっと自分の中での初めての特別だと、その子――シナモンは悟っていた。
だって、こんなにも熱いから。
「ねえ、シナモンちゃん!また明日も来るね!明日は、ちょっとお出かけしよう!」
「もう遅いですし、私たちは帰らなければなりませんけど……また、明日。必ず来ますわ、シナモンさま」
「あっ……えっと……はい。待っていますね。シューさん、タルトさん」
シナモンに名前を呼ばれると、二人はぱっ、と嬉しそうにはにかんで、名残惜しそうに手を振りながら、骨董品店から離れていってしまう。
ばいばい、またね。
――そう、言い残して。
ギコ……。
「……シナモンっ……」
弾んだ声とは裏腹に、二人の姿が見えなくなったくらいから、妙に空気が重たくなったような感覚があった。赤さも黒を帯び始めたせいだろうと、ほんの数分くらいしか目を離していないはずの、なんだか懐かしい海を見た。
ズッ、ズッ、と打ち付ける波の音の中に、そのうち、店の奥からおばさんの声が混じる。マキちゃんと、そう呼ぶ声は、その日の終わりを知らせる声だった。
「私……少しは近づけたかな」
答えの見つからないと思っていた問いに、ふいに答えは近づいて。
ギ、ココキ。
軋む足で、なんとなく、シナモンは海に少しだけ、近づいていた。
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