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1.ハジメマシテ
その子が、窓越しに覗く町の姿には変わりがない。淡々と送られていく日常のキャンバスがそこにはある。バラバラに塗りたくった絵具の色が、どうにも分からない。
その子は、オレンジに焼けたこの時間帯が好きだった。
ここにやってきたのも、たしかそんな時間の頃だった気がする。好きが、どんな色合いなのか、これまでに自分では答えを出せなかったけれど。
「おーい、マキちゃーん!!お客さん!アタシ今、手が離せないから任せたよぉ!」
「分かりました……おばさん、最近忙しそうだな。いっぱい入荷したんだろうか?」
店の奥から響いた少し枯れてしゃがれた、けれどどこか人を落ち着かせるような声が、車椅子で街を眺めていたその子を呼ぶ。店番をしてくれという事らしい。ここは「トルム骨董品店」という骨董品店で、おばさんと、同居するこの車椅子の子の二人でやりくりする街かどの小さな店だった。
こんなふうに、おばさんの手が離せない時は、いらっしゃいませ、と声をかけに行くのはその子の役割だった。
ギ……コ、ギキ……。
「んん……そろそろおばさんに直してもらったほうがいいかな」
動きの鈍くなってきた、その子の脚に等しい車椅子を撫でる。
裏側に齧られた林檎のような模様がデザインされた手のひらに収まる黒い長方形の鉄板や、金色の巻貝のようなものが赤と黒の台座に乗っている大きな置物など、方向性も種類もてんでバラバラな遺物が所せましと並ぶ店内でゆっくりと車椅子を滑らせる様は、骨董品たちの影に隠れていた。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「……どうしよう」
「あら、ここに来てみたいと言ったのはシューさまではありませんでした?いつもの元気はどうしたんですの」
「だって、何か雰囲気が初めてで緊張しちゃって……!」
新しい客は、二人の少女だった。
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