1.ハジメマシテ

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――はて、何かおかしなことを言ったかな……。やっぱり、私には……誰かの心を知ることはできないんだろうか。 「……旧……以が……」 「……でも……それに……」  そろそろおばさんを呼ぼうか、とその子がなすすべなく、じっと少女たちを見つめていると、背後から聞きなれた豪快な足音が聞こえてきた。 「ふう……やっと終わったよ……あら、まだここにいたのかい?」 「ひぃえっ!?」 「で、ですわっ!?」  花やら星やらボルトやら歯車やらのアップリケを縫い付けた、すっかりボロボロになっている白衣がおばさんの普段着だ。  以前どうして白衣なのかを聞いたら「大切だから」と答えられた。職業的な意味合いで聞いたつもりだったから困惑したが、それ以上詳しく聞かなかった。 「おばさん」  おばさんの助け船に、内心ほっとするその子は、振り向きざまにおばさんと目が合った。にっ、と笑ってみせたおばさんの表情に、対応しきれなかった申し訳なさを抱え、状況を説明しようとしたが、おばさんは小さく首を横に振り、ぽん、とその子の肩に手を置いた。 ――あとは任せな、と。 「あはは、ごめんごめん!どーれ、気になるんだったらアタシが案内するよ。ここは若い子があんまり来てくれないからねぇ……もしかしたら、いい事。あるかもよ?」 「いっ、あの……えっと……お、お願いします……」 「お願いしますわ……」  うん、と満足げに頷いたおばさんは、少女二人を連れて店の奥へ歩き出してしまった。少女たちは、おっかなびっくり歩き始めたが、すぐに物珍しさに目を見開いて首をきょろきょろさせていた。 ――ついていってみたいな。 「マキちゃーん!入口のとこで店番しててー!」 「あ、はい……分かりました」  と、おばさんから言われては仕方ない。二人の奇行に純粋な興味が湧いたが、またいつも通りの店番だ。  海まで染まる、色を抜いたみたいな薄い赤に、また空虚な時間が始まる。思い返せば、こんな風に何かに強い興味を抱いたのは、随分昔以来のことかもしれない。ふと気が付けば、今おばさんと少女たちが何を語り、何を見ているのか、そればかり考えていた。ばかりの自分には、少女たちの行動はきっと分からないのだと、理解しているのに。 「あ……」  だから、だろうか。  その子は、思い出したように訪れる、体の中に敷き詰めた水に五臓が浮くみたいな酩酊感とともに、ほんの少し先の未来に相対した。 「……あの二人、楽しそうに笑ってる……それと……あれは、車椅子?」  そこに映ったのは、開きかけの花びらを抱きとめたみいな優しい笑みを浮かべる少女たちと、その隣に並ぶ――その子の姿、だった。 「どうして……何が……」  冷たい風に転がるポイ捨てされた空き缶の甲高い音も間延びして、聞こえなくなる。また、初めてだ。初めて、どうしてそうなるのか理解できない未来を視た。  その子は五分後の。その眼に、この日は、戸惑いと、ほんの少しの期待を抱いた。それが持つ意味すら、分からずに。  否、きっとその子は、その尽くを、理解することができない。心を知らない、では。  それでも、その子の目に映るいつもの海は、いつもより少しだけ鮮やかだった。
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