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観念するかと思えば、彼は押し黙った。
「……」
おかしい。
常ならば、夫は『推し――求めてやまないもの』を嬉々として教えたがる筈だった。
「私に拒否権無いって分かってるよね?」
これまで、彼が稼いでいるお金の使い道には彼に決裁権限があるとしてきた。
「……文句は言うだろうが」
そこは苦言だと言ってもらいたい。
「何を買うでもいいけれど、ローン組むならMyバンクにして。私が無利子の一括大口で貸し付けるから、余所でローンを勝手に組むのはやめてね」
胸に手を添え、半ばどや顔して見せる。
そのくらいの貯金はしていますよという意思表示だ。
「俺はローンがそんな悪いもんだとは思わないけど?」
「大口ならね。ローンは一本化しておくに越したことはないわ。うちは住宅ローン一本で十分よ」
趣味レベルでローンを組むことは反対だった。
それは身の丈を超えた趣味だと私は考えている。
「俺は貯蓄に手を出したくないんだよ」
「ローン組むくらいなら出していい。元はあなたの稼いだお金でしょう?そこは胸を張って使っていいよ」
まぎれもなく夫は、我が家の大黒柱だ。
けれど、子供の為とか、家族の為とか、そればかりでは続かない。
たまには自分の働いた見返りくらいは受け取ってしかるべきだろう。
私は夫から財産管理を任されているに過ぎないと考えている。
安心して暮らしていける貯蓄型プランを彼も望んでいるから苦言は呈するけれど、夫の意志は基本的に尊重しているのだ。
「たぶん……六十万くらいするんだけど、半分は小遣いで貯めるから」
これまでにない予想外の数字に眉根を寄せるも、それ以上に後半の部分が解せない。
「貯めるって言ったって……それ、いつの話になるのよ」
私は呆れて、憐憫の情をもよおした。
夫の小遣いは世間一般の平均支給金額よりずっと少ない。
それはあれば使う彼の性格を考慮しているからだ。
貯蓄型を望むのであればお小遣いは必要最低限の金額を設定し、不足があればその都度で稟議可決支給する方が理にかなっているのだ。承認を得る手間から無駄遣いを無くせるという訳だ。
必要経費(昼食代)を差し引けば、夫の手元には残ったところで諭吉さんが一枚だろう。三十万を貯めるというなら、最短でも三年近くはかかる計算になる。
「明日から、お弁当作るわ。その代わり文句は言わないでね」
私はお弁当作りが甚だ苦手だった。
「それはありがたいけど……ローンを組んでも心配するようなことにはならないようにするよ?」
知ってる。もう長い付き合いだ。堅実な夫だと私としても自負している。
「私が嫌なの。Myバンクにして」
私は引き出しから一通の通帳を取り出し、彼に手渡した。
「何これ?」
「それは自由に使えるお金貯金。気兼ねなく使ってもいいと思っている貯えよ」
夫は金額を見て、目を見張った。
そして、徐に零した第一声は――。
「五年以上掛かってるんだな……」
見る視点が金額でなく、まず日付であることが嬉しかった。
夫のこうしたところが好きだと、にんまりする。
「ふふっ。今の車を買った時にあなたが言ってたのよ」
夫が首を傾げるのも頷けた。彼にしてみればその程度の独り言だったのだから、当然である。
『欲しいものを欲しい時に気兼ねなく使えるお金を作っときたいよな……』
次の日、有能な秘書はそれをすぐさま実行に移したのだ。
夫の小遣いとして、毎月一万円を夫に代わって積み立てた。
「ふふっ、惚れなおした?気付けば知らずに貯まっているなんて安心して働けるでしょう?」
得意げに微笑む私とは裏腹に、彼は再び目を逸らしてしまう。
(?)
「俺の買いたかった物は――」
何を買うでもいいとは言ったが、それには思わず顔をしかめてしまった。
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