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「……バイクに乗りたい」
ずっと昔にも、彼はそんなことを言ったことがあった。
それはまだ、結婚して間もない頃だった気がする。
『ええぇ!?一人で何処へ行くの?買うなら一緒の車が良くない?』
その時はさして気にも留めずに、そんな言葉で終わった気がする。
新婚だったからのお次は、子供がいるからに代わり、時は随分と駆け巡ってしまった。
「この年齢で、免許取らないと厳しいかなって。体力的にも、精神的にもな」
子供もそろそろ親離れ、四十を超えた今こそ自分のために我儘を言いたくなったようだ。
それでも……。
「私は反対。やめてほしい。危ないし、もしも事故でもしたら……」
バイクの転倒と言えば、頚椎損傷の末に車いす生活とはよく聞く話だ。
下手をすれば命を失う。
子供も成人するまではまだ随分とあるし、そんなことにでもなれば一家は路頭に迷うことになる。
「リスクばかり考えるなよ」
考えるよ。考えずにはいられない。
「俺は乗りたい。もう、ずっと昔からなんだ」
そう言い出せば、もう覆らないことは知っていた。
時として意固地なほど意志が固い仕方のない夫だと知っているし、もうそれを許してきて随分だ。
「どうしても?」
家族よりもなの?
「ああ」
切り捨てられた心地だった。
「わかった。でも、私も家族も反対していることは踏まえてね」
賛同することは絶対に無い。冷えた口調で力なく私は零していた。
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