許容範囲

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 隠し事が隠し事でなくなった今、夫は見るからに浮かれていた。 「どのバイクがいいと思う?こっちのか、こっちので迷うんだけど」 パンフレットを抱え込んで広げられても、一向に気のない返事で私は相手にしない。 「バイク屋、お前も一緒に見に行くか?」 浮かれまくって、誘われても私は絶対に行かない。 それが私のささやかな唯一の抵抗だった。 私は反対しているの。 それでも我を通したのだから、ご自分だけで昇華してくださいとばかりに、心を固くした。 そもそも、何で今にしてバイクな訳? 意味が分からない。 高齢化社会で其処もかしこもジジババ祭りの事故のオンパレード。 そも、私たちも片足を突っ込んでいるし、直に仲間入りだ。 毎日のように煽り、煽られ不遇な事故の無い日は無い日々において、バイクを乗りたがる気が知れない。 「俺さぁ、今日もバイクに乗る夢を見たよ」 なのに、まさに彼はバイクに夢中のようだ。 「夢で満足しておけばいいじゃない。浮いたお金で、皆で旅行でも行く?」 「夢では乗ろうとすると消えるんだよ。どうやっても跨るとこまで見せてくれないんだよな」 華麗にスルーするところが似たもの夫婦なのかもしれない。 「ふぅん、あそ」 でも、機嫌のいい夫は嫌いじゃない。 子供みたいで可愛い人だと寛容にもなってくる。 「(夢で)早く乗れるといいね」 うっかり微笑んでしまう自分の甘さを叱咤する。  それから間もなく、夫は免許を取るために教習所に通うことになった。 「やっぱバイク面白い!俺、順調にノーミスで合格できるかなぁ」 持ち帰ったテキストを眺めたり、動画配信でテクニックを学んだり、同じくバイカーを志す同士のつぶやきを眺めたりで夫は毎日が忙しい。 生真面目な性格故に、復習やイメトレに呆れるほど余念は無かった。 「バイクって、そんなに難しいの?原動付きとそんなに違うの?」 こちらはこちらで不安になって来る。 「全然違う!もう、重さから何から、バランスを取るのがすっげぇ難しい」 語り始めると長いので、いつもの『ふぅん』で、会話を断ち切った。 教習所で実際にバイクを走らせたことで満足してくれないだろうか? 免許を取得することだけで満足してくれないだろうか? そんな淡い期待を私が抱いているとも知らずに、石橋叩いて歩く堅実な夫らしく、彼は無事に一発合格を果たして帰って来た。
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