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夫の努力の証である運転免許証を眺めながら、私は浮かれている夫に水を差した。
「ねぇ、真面目な話。今の幸せを天秤に掛けてもリスクのある道を選ぶわけ?この証だけでは満足できない?」
このタイミングで切り出せば、流石に怒るかもしれないけれど、私はこれを最後に腹を括ろうとしていた。
「……あれやっとけば良かったなって、最後にガックリきて終わりたくない。きっと、男の性なんだよ。身勝手なのはさ」
私はそうだねと、頷いた。
「あなたはそれでいい」
そういう彼に惹かれたのは私の責任だ。
「けど、一つ約束して。子供は絶対に後ろに乗せないで。たとえ、乗りたいとせがんでも乗せないで」
きっとそれは、夫の夢の光景のワンページにもある画だったに違いない。『親父と息子』なんて、よくある構図だ。
「……わかったよ。でも、多分あいつも大きくなったら乗りたがるよ」
そこは子供の意思だ。もう、護る義務も果たし終えた後のことだ。
「あなた一人なら私は私を許せる。けどもし、あなたが子供を事故に巻き込んだら、絶対に、絶対に自分を許せないから」
想像に涙を溜める私に夫は頷き、ふわりと私を抱きとめた。
「他に隠し事は無いでしょうね?」
夫がこれほどバイクに焦がれていることを知らなかったとは、妻として不覚と言わざるを得ない。
「無い、無い。奥さんに頭が上がらんってことくらいだよ」
どの口が言うかと、私はひと睨みする。
「さぁ、一緒にバイクを買いに行きましょうか」
契約ごとには疎い夫だ。保険関係にせよ、ここからは私の出番だろう。
fin.
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