ハッピー、バースデー

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 素っ気のない非生命的な、畳み十畳程度、四週の白い壁に覆われた部屋に僕は入る。入口は僕が入室すると同時に閉じられた。部屋には"5"という数字が表され、一組の男女がそこにいた。女は顔を背けていて、男は微笑みながら僕を眺めているのだ。なぜ彼らがそうしているのか、なぜ彼らがここにいるのか、なぜ僕がここにいるのかは理解することが出来なかった。 "4" 男は僕を見つめ続けていた。僕は男を見つめ返した。言はなく動きはなく視線だけが絡み合い、ずっと続くかのような、静かとも言えぬ怪奇な沈黙だけがある。男の微笑みの沈黙がある。それを破ったのは、僕の怒りだ。 "3" 僕は男の微笑みに怒りを感じたのだ。終わらないその張り付いた笑みに、優やいだ表情、僕とこの白き部屋とを呑み込みにかかるその顔に。僕の手にはいつの間にかナイフが握られていて、もはや何一つためらう理由はありえなかった。僕は男の胸を目掛けて刃を突き立てる。胸からは赤が花開き白い壁に彩りを加えながら、男の体はそこに沈みこんだ。 "2" それでも、男の微笑みは絶えることがなかった。そうして僕はなにか取り返しのつかないことをしてしまったように感じ、涙を流したいと思った。私は涙を流した。と、その微笑みの形を保ちながらずっと閉じ込んでいた男の口が言葉を発する。「構わない、構わないよ」 "1" そうして男は目を閉じた。とても安らかそうだった。まるで、この時を、先の言葉を発する時を、ずっと待ち望んでいたかのように。僕は立ち尽くす。そこに立ち尽くしていた。赤い花が流れることに飽いて流動を止めてもなお私はその場で立ち尽くしていたのだ。動くための理由、歩を進めるための場所などが存在しないように。 "0" そのとき、僕/私が入ってきた時の扉が再び開いた。扉の外は真っ暗であり、黒が三方の純白を照らしていくように思えた。赤い花は自らの役目を思い出したように、再び流動し始める。僕は扉の先に歩を、その唯一の先行きに歩を進める。その唯一の希望に歩を進める。他に道はないのだ。たとえ何一つ見えもしない暗闇であっても、あるいはこの先が華やいだ光に包まれていたとしても、それはどちらでも変わらない意味のないものだった。そうして僕がその黒の中に踏み入れるとき、背後に女の声がかけられた気がした。 「ハッピー、バースデー。」
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