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私たちは、街で一番大きな中央図書館に来ていた。裏街道でガラクのいた図書館の三倍の広さはありそうだ。平日にも関わらず、結構人が多い。
隣に立つガラクを一瞥する。色つきレンズで隠されていて正確には読めないが、たくさんの蔵書に、心なし浮き立っているようだ。
さっそく館内の詮索に入ろうとしているガラクに念を押す。
「ちゃんと、読んだ本は元に戻さないとダメだよ」
子どもを躾けるような声のかけ方になる。そのことが彼にも伝わってしまったようで、無言で振り向き私を睨んだ。視線に気づかない振りをして天井を見上げる。
私は今日まで毎日参考書とにらめっこしていたことから文字を読む気になれなかったので、近くの椅子に座って脳を休ませた。
十分ほどで、ガラクは両手に十冊近く抱えて戻ってきた。
「早いね」
「人が多いから、ここで読む気になれない」
「だから持ち帰るんだ」
しかし、そのまま外に出たので、入口の警報が鳴り響いた。
「ちょっと、ガラク……!」
図書館で本を借りたことがないのか、裏街道にいた時の癖なのか、何故警報が鳴ったのか理解できていないガラクの腕を引っ張り、そそくさと受付カウンターへと向かった。もちろんレンタルカードも所持していなかったので、その場で発行手続きを行った。
カウンターのお姉さんは、ガラクの名前を確認すると、一瞬目を丸くするも、咄嗟の反応に恥ずかしくなったのか、己の使命を思い出したのか、目を逸らしながら作業に戻った。
難なくカードが発行されたので、貸出手続きを行って図書館を出た。
「ガラクって、本当に有名だったんだね」
帰りのバスを待ちながら感心して口にする。二人組の女の子や、カウンターのお姉さんの反応を見て、改めて実感したことだ。
表に戻ってきてから注意を向けたことで気づいたが、いまだにメディアでガラクの出演作品を取り上げられたり、テレビやネットで名前を目にすることがあった。
「むしろ、おまえのような人間に出会うことの方が珍しかったな。本当に関心がないんだな」
素直に驚いているのかもしれない。有名な芸能人は、自分のことを知らない人に出会う方が新鮮に感じる、とも聞いたことがある。
しかし、私にとったら皮肉にしか聞こえなかったので、彼に引き攣った顔を向ける。
「でも私は、図書館で警報を鳴らすことなく、本を借りることはできるけれど」
嫌味をガラクが聞き逃すはずがない。メガネの上からでもわかる険しい目を私に向けた。
反撃に備えて臨戦態勢に入るが、彼の返答は不意を突いたものだった。
「ただでさえオレは、こいつがないと生きられない、ハンディキャップを背負ってる」
そう言って、トンッとメガネのテンプルを叩く。
「え?」
「それに、十一年だ……。それ以前も、まともな生活はしていなかった。知識があったところで、時代に順応するには時間がかかる」
何を言おうとしているのか見当がつかなかった。私は警戒を解き、黙って聞いていた。
本人も思考しながら言葉を発しているようで、注意深く耳を傾けないと聞き逃しそうになるほどに、たどたどしくて抑揚のない声だった。
彼にしては珍しく、だからこそ台本でないということが伝わった。
「あいつの寂しがりが移ったわけではないが……そんな世界に一人でいるのはやはり恐い。だから――」
ガラクは、眩しそうに空を見上げながら、大きく息を吸った。
「せめて、オレが卒業するまでは、おまえがいてくれると助かるのだが」
予想だにしていなかった申出だ。驚きを隠せぬままガラクに顔を向けるが、言った本人は涼しい顔をしていたので、少し拍子抜けした。
「それは、私に死ぬなって言ってるのかしら」
自嘲気味に言うと、彼は勘違いするなと言いたげな顔を向ける。
「どうせ死ぬなら、生きたがりの役に立ってからにしてくれ」
「素直じゃない」
そう言うと、ガラクは口角を上げて微笑んだ。いつもと違う反応に少し戸惑った。
「死を覚悟しているだけに、オレの知る中で、おまえが一番無敵なんだ」
裏街道で身に染みて感じたことだ。死を覚悟すると、時に行動力を生む。
卒業か――。
もう、考えなくても答えは出ていた。
「確かに、せっかく受験したし、それにトランプのリベンジもまだだし、それからでもいいかも」
「まぁ、まだ受かったと決まったわけではないがな」
私たちは笑っていた。
日は高く昇ってる。雪の溶解は一層進み、雫は光に反射して虹色に輝いていた。こんな身近な場所でも色を感じることができるのだな、と新たな発見をした。
「……だったらさ、私からもひとつ」
「何だ」
メイのことを思い出していた。自ら選んだ道とはいえ、望んだ結末ではなかったのかもしれない。
ただ、最期のメイは、私たちに見守られてとても幸せそうに見えた。
「私も……正直一人は怖いんだ。だからさ……」
私は、ガラクと違ってただの一般人だ。だから例えそんな意味は含んでいなくても、口に出すには少し歯痒い。無意識に顔を空に向けていた。
太陽が眩しくて目を細める。それでもなお感じる、温かい日差しだ。
「死ぬときは、そばにいてほしいな」
人間裏街道――――――完。
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