第三部

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「それが、恐らく目の死んだ人間が、表で生きる為に必要不可欠なものになる」  受け取った品を見ると、メガネのようなものだった。だが以前渡されたメガネとは違い、このレンズはオーロラ素材のようで、傾けると虹色に光った。 「これ、どうしたの?」 「オレが作った」  ガラクはサラッと告白する。私は目を丸くした。 「裏の人間が表で生きるには、やはり目の代わりになるようなものが必要だ。だからそういったものを試作してたんだ」 「よ、よく作れたね……」  素直に思ったことだが、何とも知能の低い反応だ。それだけに理解が追いついていなかった。こんなハイスペック技術をガラクは持っていたのか。 「ゼロから作るのはさすがに無理だ。だが、参考になるものがあった」  そこで私を指差す。 「おまえに渡したメガネがあっただろ。あれは例の本と一緒に、この部屋に置いてあった。それらが何故置かれていたのかはわからんが、……まぁ、言うなれば、この世界を創った奴が、表世界の攻略の為に、ここに訪れた人間を補佐する便利アイテムとして、きまぐれに置いたものかもしれん」  肩を竦めながら、冗談なのか判別のつかないトーンで言った。まるでRPGで異世界に飛ばされた主人公が、チートアイテムをゲットしたのかような説明の仕方だ。 「裏用のメガネだから、仕組みを反対にすればいいだけだからな。ただ色が判別できないからその辺りは弄った。表用のメガネを置いてないところが憎いもんだ」  ガラクは軽い調子で言う。だが、周囲に散乱した試作品の量を見るだけでも、どれだけ苦労したのかが窺える。  私は目を落とす。ガラクに屋上のことを相談した際、彼は裏街道の住民の性質を当たり前のように口にした。だが、それらを知っていたのも全て、自分が表に立ち向かう為に得た知識だろう。逃避だけを望む者なら、わざわざ逃避先の世界について労力を伴ってまで知ろうとは思わないはずだからだ。都合の良いことしか見ないここの住民の性質からもわかることだ。  また、一度ガラクとショッピングモールで出会った。彼の性格や本来の目的を知った今、娯楽向けの本を調達する為だけに、遠方まで足を延ばすとは思えない。先ほど「表の攻略の為に図書館に訪れた」と言ったことからも、本を読み始めたのは、現実と向き合う知識を得る為だとわかるからだ。  本を調達する体で備品の調達を行っていた。隠し部屋のスイッチがガラクの身長でしか届かない高さであることからも、メイへの配慮が窺えた。  再度、手元のメガネを見る。  ここに辿り着くまでに、どれだけの時間を費やしたのだろうか。本人は至って労力を感じさせない態度なので錯覚を起こしそうになるが、彼の言動ひとつひとつに努力が隠されていたと気づいた今、素直に感心した。  裏の世界を創造した者は、現実から逃避する為の場所を創ったと同時に、現実と立ち向かうきっかけも作った。何を思ったのかはわからないが、そのおかげで、ガラクは前を見ることができたんだ。 「それでだ。実際、おまえにそのメガネを表で使用してもらいたいんだ」  ガラクの声が耳に届いて、顔を上げる。 「私が?」 「あぁ。完成はしたが、試用したことがないからな。だが、オレの目はもう死んでる」ガラクは淡々と口にする。 「そ、それって……私を実験体にするってこと?」 「もしオレが試用して、万が一があったら困るじゃないか」  ハッキリと言った。あまりにも平然として言うものだから、私は開いた口が塞がらない。 「それに、おまえの為でもあるんだ。このタイミングで一度表に帰らないと、目は完全に死ぬ。このメガネを使用すれば回復も早いはずだ」  確かにガラクの言う通りに、一度帰るならこのタイミングだとは考えていた。それに彼が、どれだけの時間をかけて表に戻る準備を行っていたのかも、ひしひしと感じられる。  しかし、何だか釈然としない。 「生きることに慎重なんだね」皮肉を交えて答える。 「当たり前だろ。一度死んだら、もう二度と生き返らないんだからな」  しかし、ガラクは私の皮肉を軽く流す。そんな彼があまりにも爽やかだった。
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