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それから私たちは、例のトンネルに向かっていた。足を安静にした方がいいと言っても、今はドーパミンが出ているから平気だ、とガラクは聞く耳を持たなかった。よほど表に通じるトンネルの存在が気になっていたんだろう。
私は制服に着替えていた。いつもはメイの背中を追行していただけだったので、あやふやな記憶を頼りに歩く。
トンネル前の大階段で、中々上がってこないガラクを心配して、後ろを振り向く。
案の定というべきか、ようやく感覚が戻ってきたようで、ガラクは太もものつけ根を抑え、手すりに寄りかかるようにしながら慎重に上っていた。
「気にせず上がれ」
足を止めた私に気づいたガラクは、余計なお世話だといった調子で無愛想に言う。しかし、どう見てもやせ我慢にしか見えない。それにまだ先は長い。
小さく溜息を吐く。ガラクは意外と子どもっぽい一面がある。
私はガラクの元まで下り、肩を貸すように身体を支えた。
「……何の真似だ」
「演技、へたくそになったんじゃない?」
なんてことないんじゃないの?と皮肉をつけ足す。
ガラクは無言で私を睨むが、観念したように体重を預けて上り始める。
時間はかかったが上り切ることができた。近くにベンチがあったので、そこにガラクを座らせる。目の前には見覚えのあるトンネルがあった。
「ここが、それなのか」
「うん。間違いないよ」
目が慣れたからだろうか、トンネル内は以前のような暗さは感じられず、中の様子が窺えた。
近づいて確認すると、トンネル内全体がどこかの街の様子を映しているようだった。一定時間を過ぎると場面が切り替わる。監視カメラ映像でも映しているようだった。ここに映っているのは表の世界だろうか。
「何……ここ……」
どこが上か下かも判別できない。目が回りそうだ。以前表に帰った際に、メイがあれだけうろうろしていたのも理解できた。
あ、とそこで気づく。遠方に私のハートのヘアピンのようなものが見えた。あの場所が恐らく、私の部屋の鏡に通じるのだろう。
早く帰ったほうがいいよ、と言うミカの声が聞こえた気がした。
振り返って街を見渡す。何度か見た光景と変わらない物音がしない静寂に包まれた街だ。
しかし、以前見た光景と大きく違うのは、色彩豊かな明るい街に見えていることだ。
「裏街道はどう見えてる?」ベンチから問いかけるガラク。
「とても、明るいよ」
「そうか、だったら早く帰った方がいい」
私はポケットからスマホを取り出して、ガラクに差し出した。
扱い方がわからないのか、ガラクは首を傾げたので、私はスマホの電源をつける。画面には「二○一九年八月二十八日 九時二十分」と表示された。
「ギリギリだね……。とりあえず、一日は表にいようかなって思う。だから、その時計で二十九日の九時頃になったら裏街道に戻ってくるよ。ここには時計がないからさ、それ持ってて」
物珍しそうに画面を見るガラク。そんな様子がおかしくて口元が緩んだ。
「ちゃんと帰ってくるから」
安心させるように強く言うと、ガラクは顔を上げて私に向き直った。
「あぁ。待ってる」
その言葉に背中を押され、私は再びトンネルに向き直る。
虹色に光るメガネを片手に、ヘアピンの置いてある位置まで歩き始めた。
第三部 完
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