第四部

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 帰宅するとそのままリビングに向かった。冷蔵庫に冷やしてる麦茶を飲んで、渇いた喉を潤す。干乾びた身体がスポンジのように膨れていく感覚だ。おばちゃんから貰った花も、水を入れた適当なコップに差した。  身体が復活してからは、リビングにあるDVDプレーヤーをセットする。レンタルした作品の中で、まずは『青い夏』を手に取った。  数秒後、ホーム画面が表れる。この作品ではガラクが主演を演じていたので、ホーム画面に大きく彼のビジュアルが映った。 「ガラク……全然、今と変わらない……」  髪や服装はキャラクターであるものの、顔やスタイルが、裏街道にいるガラクそのままだ。目が白いことで、より一層きれいに見える。  この作品が公開されたのは二○○七年で、ガラクが現役で高校生だった頃の作品だ。彼が裏街道に来た時期を考えても、外見が変わらないのは当然だろう。  私は、帰宅途中にコンビニで購入したポテトチップスを開けて、テーブルに広げる。鑑賞の準備が整った後、本編再生ボタンを押した。  現実世界でもあるような高校が舞台であり、キャラクターも特殊能力も持たない、ごく等身大の高校生。それこそ、先ほどテレビで見た世界と同じなのかと錯覚するほどだ。  この作品では、ガラクは高校球児のエースを演じていた。キャラクターではあるものの、それでも彼が演じるのは現実的で、自然な球児そのものだった。  だからこそ物語の世界に介入しやすく、気づけばポテトチップスをつまむ手が止まっていた。 「これ、本当に投げてるのかな……」  映画の中のガラクは、正しくエースそのものだった。とても速い球を投げているが、あまりにも自然なので合成にも見えない。演技をする為に、演技とは別の技術までつけたのだろうか。  小説の中でも目を覆うほどに眩しかった世界。それらにビジュアル、音、そして生身の人間ならではの生き生きとした感情が加わり、さらに華やかで輝かしい物語へと変貌していた。  そんな世界に引き込まれ、気づけば私も物語の中のキャラクターと同じく白熱し、感動し、歓喜していた。まるで同じステージに上がったかのような感覚になり、鑑賞後にはフルマラソンを走り切った後のような爽快感が訪れた。  今まで避けていた道。だが、案外完走するのも気持ちいいものだと知った。  私は、ソファに寝転がりながら、夜まで映画を堪能していた。  いつの間にか眠っていたようだ。時計を見ると午前八時半を回っている。  飛び起きた。裏街道に帰らなくては。  映画鑑賞時に寝落ちしたことで、服は着替えてない。案の定、制服は皺になっていた。それに風呂も入っていない。身体が起きたことにより、空腹も感じていた。  やることが多いな。まずはシャワーに入ろうと身体を起こした。  眠っていたことで、メガネがずれて外れた。慌てて手で目を覆うが、特に違和感は感じなかった。  おそるおそるリビングにある鏡を見るが、そこにはいつもの素朴な私の顔があるだけで、特に変わった様子はない。目も白かった。 「一日表にいたから、目が治ったのかな……」  おもしろ味のない顔にも、今は少し安堵した。そのまま立ち上がって浴室へ向かう。  九時には裏街道に帰ると伝えていたので、慌てて支度する。シャワーも二分で出てきたので、本当に女子か疑いたくなった。  洗濯用にもう一着ある制服に着替える。前回クリーニングに出してから初めて着用するので、皺がなく、清潔な香りがする。無意識に背筋が伸びていた。  テーブルに広げたポテトチップスをひとつつまんで片づけ、散乱したDVDを片づける。  それらを所持し、リビングを出ようとドアに向かったところで救急箱が目に入り、思わず立ち止まる。
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