第二部

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「いつ実行するかを考えた時に、この先心待ちにしていることも、やりたいことも思いつかなかったの。だったら今でもいいやって思ったんだよね。だから決定づけるこれといった要因がなくて、本当に、ふと」  私は裏街道に来るまでのことを思い出していた。あの時の私は、本当に急に思い立って、作業のように淡々と行動していた。その要因は明確には自分でも解明できてない。  ただでさえ話題が暗いから、荒波を立てぬよう空気を緩めるような話し方をしてしまう。もうここまできたら癖のようなものだろう。  だがガラクは、そんな私に対しても表情を緩めることなく真剣な態度で口を開く。 「これはあくまで私見だが……決定する瞬間は、明確な要因よりもタイミングだとオレは思ってる。要因が重大なものでも些細なものでも、また自分でも掴めない曖昧な存在でも、それらが着々と積み上げられていき、とあるタイミングで背中を押されて「死」という結果を出すのだろう。いわば最大の選択だ、複雑で当然なんだ。そしてそれらの要因は、他人が簡単に理解できるものでも、同情されることでもない。アリスが本気で望んでいたなら尚更だ」  こんなに饒舌なガラクは珍しい。それだけ真剣に向き合っていると感じられた。だからこそ図書館で尋ねようとした際は、あれだけ悩んでいたのかもしれない。軽い興味本位で気になっているとは思えない。  真正面から受け止められたことに、少し歯痒く感じた。 「でも、そんな時にメイに出会ったんだよね。久しぶりだった。何かに関心を抱いて自ら行動しようと思ったことが。私にもこんな感情があったんだって自分でも驚いた」私は天井を見上げて滔々と話す。 「でもその行動力の根源は、死を覚悟していたからなんだよね。どうせ帰ったら死ぬ。大けがを負ったところで結局死ぬ。だから今まで避けていたリング上にも最後くらいは上がってみようと思えたの。裏街道はとても居心地がいい。でもここに住むとなると、それこそ表と変わらなくなる。だから私は誰よりも裏街道に住むのはふさわしくない」  裏街道に来て思った。確かに居心地はいい。ただずっと住むとなると話は別だ。 「だって、裏街道に逃避してまで自分の人生に執着することができないから」  だからこそ、日数を決めてここに訪れたことに意味を感じていた。 「なるほど……」  そう言うと、ガラクは興味深そうに腕を組んだ。 「つまりオレらは、生きることに執着している、ということか」 「ちがっ……そういう意味じゃなくて」  でも確かに、そう捉えられる言い方になってしまったかもしれない。  言葉が見つからずに口をまごつかせていると 「そう言われたら、そうかもしれないな……」  意外にもガラクは笑っていた。初めて見る自然な笑顔に少し戸惑った。  今まで気がつかなかったが、彼はとても澄んだ碧色の瞳をしている。  心からこの人はきれいだな、と思った。
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