第三部

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 ショッピングモールへと足を進める。何度か通ったことによりすっかり見慣れた光景となっていた。地面を踏みしめながら辺りを見回す。今日はいつもより人が外に出ているな。  コンビニへ入店する人、ベンチで雑誌を読んでいる人、屋根で寝転んでいる人。少し注意を向けるだけで、これだけの人が目に入る。  文字通り「自由」。他人に干渉せず、独自の時間を堪能しているようだ。 「今日はいい天気だねぇ」  花の手入れをしている四十代くらいの主婦っぽい人に声をかけられた。花壇にはカラフルな花がたくさん咲いている。ひとつも雑草が生えてないので、真心込めて手入れしているのだなと感じられた。  その言葉があまりにも日常的で警戒するのを忘れてしまったが、優しい笑顔で花を弄る彼女からは特に敵意を感じられなかった。  主婦は花壇から花を一輪摘み、私に差し出した。 「きれいに咲いたでしょ。あなたみたいな若い子には特に映えるわね」  頬に手を当てて、うっとりとした様子で私を見る。ご満悦のようだ。  受け取った花を見る。透き通った鮮やかなすみれ色で、小さな花がたくさんついて、とてもかわいらしい花だ。何という花だろうか。  頭を捻っている私の様子に気づいた主婦は、「あ、その花はね」と説明する。 「リナリアって言うの。別名、姫金魚草とも呼ばれているわ。とても丈夫な花なのよ。切り花や押し花にして楽しむことができるの」  確かに花は小さい金魚の尾ひれのようにひらひらした形をしている。  再び主婦の方へ顔を向けると、すでに花壇の手入れを再開していた。あっさりしたものだ。私に花を渡したのも彼女の自己満足からきた行動なんだな、と感じられた。  私はペコッと頭を下げて、受け取った花を片手にその場を去った。  ショッピングモールの書店に辿り着く。雑誌売り場はすぐに発見した。  しかし、そこで私はまたひとつ現実を知る。 「普通に雑誌が置いてあるじゃん……」  大型書店には、芸能雑誌だけでなく週刊誌などの雑誌も陳列されていた。  コンビニには雑誌や新聞といったものが一切置いてなかった。その代わりに文芸書が並んでいた。時を知る術はないものだと思っていたが、時代を知る術はあったようだ。  そこで、はっと気づく。 「もしかして、ガラクが雑誌類を除けたのかな?」  コンビニは図書館の真向かいといった位置だ。そしてその場に並んでいた本は、全て図書館の蔵書を示すラベルがついたものだった。  図書館はいわばガラクの居住地だ。なので出入りする人もほとんどいないだろう。だから図書館の本を手に取るのも自ずとガラクだけになるはずだ。  だったら何故、雑誌を除けたのか。  行動に移す理由なんて、大抵決まってる。  自分に関係するからだろう。  つまり、自分に関する記事が載っていたからではないのか。  しかし、どうしてその考えに至ったのか。  私は、雑誌を手に取るか迷った。芸能人だったならメディアに登場することは日常的だったはずだ。それなのに、ガラクが雑誌を除けた理由。  そんなの、それほど思い出したくないからではないのか。  伸ばした手を引いた。ガラクが逃避したかった事実が、ここに書かれているのかもしれない。また自ら首を突っ込んだことにより、辛い現実を目撃することになるのではないか。  でも、それでもガラクがどんな人間だったのかが知りたい。人気の芸能人には比例して負荷がかかっていたと想像はつくものの、やはり一般人からすると輝かしい人生のように見える。そんな眩しい舞台に立っていた人物が、何故光の差さない暗い舞台袖に引っ込むことになったのか。  私には一生立つことのない舞台。だからこそ最後に知ることができるのであれば知りたかった。  私はおそるおそる雑誌を手に取り、ページをめくった。見開きで大きく写真が載っているページが目に入り、手を止めた。ドラマの特集ページのようで、『W主演 インタビュー』と見出しがついていた。 「これって……」  屈託のない笑顔で写真に写る少年と少女がいた。そのうちの少年の方に目がいった。  幼い容姿だが、そこに映っている笑顔が、どことなく先日見たガラクの笑顔と重なった。  名前を見た。  そこには、『城陽 我楽(ショウヨウ ガラク)』と記載されていた。
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