第三部

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「何を見ているんだ」  突如、背中から声が飛んできて「ひいいっ」と肩を震わせた。  雑誌を胸に隠すように身を縮めて振り返る。そこには写真の面影を残したまま成長したであろう本人の姿があった。 「ガラク……何でここに?」 「本の調達に来ていた」  ガラクの手には数冊の本があった。見覚えのある作品だ。私がガラクに渡した本の中に同作者の類似シリーズがあったはずだ。  呑気に思い返していたが、ガラクの視線が、私の胸の中にある雑誌に向けられていることに気づいて我に返る。  相変わらず、出会いたくない場面で出会ってしまう。  おずおずと抱えている雑誌に目を向けた。表紙はほとんど腕で隠れているものの、芸能雑誌であること、私がガラクに対して過剰な反応を示したことから、何を見ていたのか察しがついたのだろう。 「別に、隠すこともない」ガラクは肩を竦める。  口調からも、意外にも気を悪くした様子は見られなかった。どこか吹っ切れているようにも見える。  そのことに少し安堵し、私は今見たものを顔色を窺いながら尋ねた。 「城陽我楽って……ガラクの名前?」 「あぁ」  やっぱり雑誌に笑顔で映っていた少年はガラクだったんだ。ガラクという名前は本名だったのか。いや、本名かはわからないが、この名前で活動していたことには違いない。  ただ、これ以上口を開こうとしない本人を目の前にして、再び雑誌を開くほど空気の読めない人間ではなかった。彼が背中を向けたタイミングで、雑誌を元の場所に置く。  すでに目的を達成していたガラクと、目的のなくなった私。帰る方向も同じで、変にずらすのも妙に感じられたので、同じ方向に足を進めた。ガラクも私がここに来た目的は察していただろうが、何も言わずにそのまま歩き出した。  街は行きに通った時と変わらない人出だった。だが、周りの様子が目に入らないほどに私は思考していた。無言で手に持っている花の茎を弄る。  私とガラクの間には、長い沈黙が流れていた。  尋ねたいことはいろいろあるが、さすがに出会ったタイミングが悪すぎたので、それに関しては口を開くことができなかった。ただこの沈黙にも耐えられなくなってきた。  私はガラクの脇に抱えられている本に目をやり、何気ない調子で言った。 「その本、もしかして再読の為?」  質問されると思ってなかったからか、ガラクは一瞬不意打ちを食らったような顔をして答える。 「そうだな。図書館には置いてないんだ」 「その作品はクロスオーバーがおもしろいからね。私も新作読むたびに読み返してたな」  私の持参した本を読んでくれていることに歯がゆく感じた。照れ隠しで再び花を弄ると、それに気づいたガラクはこちらに顔を向けた。 「あ、この花、店に行く途中で住民に貰ったの。きれいな色だよね」  その言葉を聞いたガラクは、少し驚くような顔で私を見た。反応の真意がわからずに首を傾げると、「何でもない」とそっぽを向いた。 「せっかくだから押し花にしようって思うんだけど、図書館から辞書か図鑑、借りてもいい?」様子を窺いながら尋ねる。 「別に、図書館にある本はオレの所有物じゃない」ガラクは肩を竦めて答える。  ちょうど図書館に着いたのでそのまま中に入った。
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