第三部

9/38
前へ
/111ページ
次へ
 一人で訪れるのは初めてなので、少し緊張した。おそるおそる扉を開け、本が積まれている場所に目を向ける。来るたびに量が増している気がするな。  しかし、いつもの場所にガラクの姿は見られなかった。 「あれ?ガラク?」  驚いて館内を見回す。図書館以外にガラクが行くような場所が思い当たらなかったが、すぐに奥の棚から「何だ」と返答があった。  声のした方へ顔を向けると、きれいな白髪をしたガラクがいた。奥の棚から取ってきたであろう分厚い本を手に持っている。ただ歩いてるだけなのに改めてスタイルがいいなと実感させられた。 「要件は何だ」  茫然と見惚れていた私を促すようにガラクは問う。ハッと我に返り、小さく頭を振って脳内を切り替える。 「あぁ……えっと、隣のアパートのことなんだけど、少し気になることがあって……」 「気になること?」  ガラクは藪から棒にと、何のことか見当がついていなさそうな反応をする。とぼけている様子もない。屋上のことは何も知らなさそうだ。  少し期待していただけに、小さく肩を落とす。 「あのアパート、屋上があるんだけど、その前に立入禁止を示すカーテンがかかっていてさ。でも私、前にメイがそこの扉を開ける音を聞いているんだよね」  ガラクは黙ったまま耳を傾けている。私も一旦、見たもの全てを話そうと言葉を続ける。 「階段に血痕のような跡もあった。それに、以前からあのアパート、人の気配がするの。誰かがいるようなそんな……。でも、メイはあのアパートは、誰もいないって言っていたんだよね」 「……なるほど」  そう言うと、腕を組んで思案に暮れるガラク。沈黙の深さからも、ただ現状を推理しているのではなく、ガラク自身が以前から引っかかっていた点を私の話と照らし合わせているように感じられた。  彼の反応からも、ガラクもメイにどこか違和感を感じていたのかもしれない。 「何か、思い当たることがあるの?」 「いや……アパートについてはわからんが、メイについては前から少し気になることはあった」  そう言うとガラクは、手に持っていた本を積まれた本の山の上に置いて、近くの椅子に座った。緊張が走り、自然と背筋が伸びる。 「メイは以前から、表の人間をわざわざオレのところまで紹介しに来た。必要ないと言っても聞かないから途中からは好きにさせていたが」  確かに私も裏街道に来た際、初めにガラクの元に訪れていた。よほどメイにとってガラクは信頼できる人物なのだろう。それも元芸能人。大々的に言えないにしても、自慢したくなる気持ちはわからなくもない。 「しかし、それも数日経つとそいつらを見なくなる。メイに聞いても『知らない』としか答えない。オレも干渉する気はなかったから、それ以上詮索することはなかったが……あまりにも唐突に姿を見なくなる」  あのアパートは、生活に必要なものは全て備えられていた。「いつ誰が来てもいいように」とメイ自身が言っていた。だから連れて来られた人たちはおのずとあのアパートに居住することになっていたのだろう。ガラクも時々、あのアパートの風呂を利用しているから、確かに行方が気になることもあるはずだ。  でも、ガラクが気になっているのは、そこじゃない。恐らく連れて来られた人たちの行方が掴めなくなった、根本の原因。 「そいつらが消えたのは、メイと何かあったからではないかと思っているんだ」  メイ自身が表から連れて来た人たち。それなのにメイと何か問題があって行方がわからなくなった。  それに、さっきガラクは気になることを言った。  私が以前、トンネル内でメイに行方を訪ねた時は、「裏街道にいる」と言っていた。しかし、ガラクが同じ質問をした時は、「知らない」と答えている。この違いは一体何なのか。  だがガラクは、その原因も察している様子で言葉を続けた。 「メイは極度の寂しがり屋だ。そして、裏街道に依存している。もしかしたら、そいつらが『表に帰りたい』といったような言葉を吐いたのかもしれん」  それは私も懸念していた点だ。最近のメイの態度を見てもわかる。そんなことを口にしたら、どんな反応が返ってくるのか――――。 「だから――――表に帰れないようなことになっているとか」  垣間見る闇のような表情。  メイから貰ったブローチに付着していた血。  某裸の人を目の前にした時のメイの反応。  階段の血痕。  そして今まで感じていた、アパートの人気。 「……実は、さっきまでメイと公園で遊んでいたの。そしたらまた、充電が切れたように眠り始めてさ。多分、まだしばらくは寝ているんじゃないかな」  ガラクは黙ったままだが、私が何を言おうとしているのか察しているようだ。 「ねぇ、ガラク。よければ一緒に屋上まで来てくれない?」  おそるおそる尋ねたが、ガラクは当然のように「あぁ」と即答した。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加