第三部

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 図書館を出てアパートへと向かう。  玄関入ってすぐ隣、メイの部屋の前で無意識に足が止まった。茫然と扉を眺めて、中で眠っているであろうメイを脳裏に描く。  行方のわからなくなった表の人間。その原因は本当にメイなのだろうか。眩しいほどにあどけない笑顔のメイを思い出す。  疑いたくない。ただ得た情報からも関係ないと思うことの方が難しい。  不意に立ち止まった私に気を遣ってくれたのか。ガラクは私に顔を寄せる。 「さっき寝たと言っていたな。メイは一度寝るとしばらくは起きないから安心しろ」  体感は当てにならない。それに想像よりも裏街道の時の流れは速いように感じている。  そう思った時に、スマホの存在を思い出した。時間を知る術は持っていた。 「ちょっと待ってて」  二階の階段を上がると、ガラクにそう声をかけて部屋に入る。床に放り出されているスマホを手に取り、ガラクの元へと戻った。 「実は、表に帰った時にスマホも持ってきてさ」  電源をつけると「二○一九年八月二十日十四時五十六分」と表示された。一時間前に眠りについたと考えて、一日の半分は寝ていないとだめならば、少なくとも二十一日までは起きないのではないか。ただ、今までも不意に起きることがあったから、本当に目安にしかならないが。  視線を感じたので顔を上げる。ガラクが私の持つスマホを物珍しそうに見ていた。 「ガラク?」 「今はそんなものが普及しているのか」  ガラクは感心するように頷いた。意外な反応に目を丸くする。 「ガラクがいた頃にはなかったの?」 「携帯はあったが、二つ折のものが主流だった」  そう言ってガラクは手をパカパカ動かした。ガラケーと呼ばれているものだろうか。ショッピングモールの電化製品売り場で見たものを思い出すが、今ではほとんど利用している人は見ない。  私は複雑な気持ちになった。外見から想像できる年齢は、私と同じか少し上くらいに見えるが、もしかしたらガラクも結構年上なのかもしれない。  今見ている現実が混乱しそうになるが、あくまで平静を装って、スマホをポケットにしまう。  屋上まで上がると一気に緊張が高まった。先ほどと変わらずに、立入禁止を示すカーテンが垂れている。  「これか」  ガラクはそう呟くと、躊躇いもなくカーテンをめくった。 「ガラク!?」  カーテンの奥には予想通り扉があった。屋上の扉であるのには間違いない。  突如、私の足は硬直する。本能から拒絶反応をしている。一見、普通の扉なのに、どこか異様な空気が立ち込めている。裏街道の住民のように、他人が簡単に踏み込めない結界が張られているように感じた。  私が立ち尽くしていると、黙って思案していたガラクが口を開いた。 「階段に血痕があったと言っていたな」 「え?」 「多分、原因はここだろうな」  そう言ってガラクは扉に近づいた。ガラクの目線を追うと、扉に向けられていた。よく見ると赤黒い汚れがついている。  あ、と気づいた時にはガラクは動いていた。 「僅かだが、匂いがする」  ガラクは何の躊躇いもなく扉に顔を近づけた。花の匂いを嗅ぐような軽い行動に、私は目を白黒させた。  彼には驚くといった感情は持ち合わせていないのだろうか。こんな現状を目撃してもなお、動じてる様子がない。演技だとしたら相当な実力だろう。  ガラクはそのまま扉を開けた。反射的に手で目を覆う。何も言わないガラクが気になり、指の隙間から様子を窺った。  目前に広がる光景に、さすがのガラクにも動揺が生じたようだ。
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