第三部

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 お茶でも出した方がいいかと考えたが、そういった気の利いたものは置いていない。むしろ、今まで食事をしていなかったことに今更気づいた。  食事の必要がない裏街道。慣れって怖いものだ。 「気を遣う必要はない。話せばすぐ出ていく」  リビングからそう聞こえたので、手ぶらでガラクの元へ戻る。  ガラクは当然のようにソファに座っていた。  この部屋には一人がけのソファひとつしか置いていないので、私の座る場所は自然とふとんの上か床だけとなった。  気を遣うのはむしろそっちだ。よくもまぁ人様の部屋で、率先してソファに座れるものだ。  釈然としないまま片隅に畳んでいるふとんの上に腰を下ろす。ガラクはそんな私には一ミリも気を留める様子はない。 「詳細は後だ。まずは屋上の現状を説明するぞ」  ガラクは背もたれに預けていた身体を起こして私に向き直る。 「まず、座っていたあいつらは、表から連れて来られた人間に違いない」 「というのは」 「メイがオレの元に紹介に来た際、顔を合わせたのは一瞬だ。だから顔は覚えていないから、メイが連れて来たという確証は持てん。別の誰かかもしれん。だが、表から来てまだ日が浅いことには違いない」 「何でそんなことがわかるの?」 「目が白かった」  ハッキリと言った。ということは、ガラクはあの死体に触れたのか? 「あと、察しているだろうが、もう息はしていなかった。しかしきれいに椅子に座らされていただろう。まぁ、簡単に言えば、物理的に固定されていた。そして固定するのに使用されていたものが、ハサミだった」  具体的にどのように固定されていたかを手を用いて示すガラク。あまりにも淡々と説明するものだから、脳が現実だと受け入れてなかった。しかし、もしあの時近寄って直接見ていたら、トラウマになっていたに違いない。今更になってガラクの配慮に感謝した。  そこで、ハッと思い出す。 「そういえば前に、メイはハサミを持っていた……」 「あぁ。オレも見たことがある。だから屋上のアレは、メイがやったに違いない」  点と点が繋がっていく。そのおかげでやはり現実を知ることになってしまった。 「でも……何でメイはそんなことしたの?だって、メイが連れて来たんでしょ?」  現実を受け入れたくなくて、縋るような気持ちでガラクに問いかける。  ガラクは手を顎に添えて、「これはさっきも少し触れたことだが……」と前置きして言葉を続ける。 「メイは異常なまでに裏街道に執着している。しかし逆に言えば、それだけ表の世界が嫌い、という風にも捉えられる」  今までのメイの態度からも裏街道の執着は見て取れた。ガラクの言う通り、裏を返せばそれだけ表の世界が嫌い、というようにも考えられる。 「メイは一人を嫌う。だからいつも誰かと一緒にいたがる。だが、己の意志で裏街道の扉を開けた奴は基本的にダメだ。前にも言ったが、ここの奴らは他人に干渉しない。自分の都合のいいことしか見えてない。だからこそ、まだ扉の開かれる前の表の人間を連れて来ていたんだろう」 「待って。そもそも扉が開かれるってどういうこと?」  その言葉を聞いたガラクは、そういえばそうだったと気を緩めた。 「そうか。おまえもメイに連れて来られた人間だったな」  首を掻きながら思案している。何から説明しようか、といった様子だ。 「表の世界にいる時に、受け入れ難い現実に直面して、強い逃避願望が生まれると視界が暗くなる。言葉のままに何も見えなくなるんだ。つまり、その時点で目が黒くなる」 「だから、裏街道にいる目が白い人間は、誰かに連れて来られたって言えるんだ」 「あぁ。自らの意志で裏街道に来た人間は、元から目が黒い」  先ほど目が白いという点だけで連れて来られた人間だと断言していたガラクの発言を思い出していた。  ガラクは、神妙な面持ちになった。 「何も見えなくなったと思ったら、気づけば裏の世界に来ていた。だから、具体的にどうやってここに来たのかわからなかった」 「え?」 「だからこそ、表と行き来できる場所があることに驚いたんだ」
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