第三部

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 その瞬間、外から声が聞こえた。私はカーテンの隙間から窓の外を覗いた。  制服を着た女の子が倒れていた。いや、正確には倒されていた。彼女の目線の先には中年くらいの男の人が立っている。中年男は女の子にじりじりと近寄っていた。そのたびに彼女は後ずさりする。よく見ると中年男の手には刃物が握られていた。どう見ても中年男が女の子を襲っているようにしか見えなかった。  そっとカーテンを閉じる。別に私には関係のない赤の他人だ。だからこの先、中年男が手に持っている刃物で女の子を襲おうとも、それによって女の子が死んでしまおうとも私には関係がない。  だが何故か胸がざわつく。相手が私と同世代くらいの女の子だからだろうか。若くして表で逃避願望が生まれたことでこの世界に来ることになったものの、自分の人生に立ち向かおうとしているのではないのか。何もかも諦めて死のうとしている私なんかよりも、よっぽど生きる価値がある。  そこまで考えたところで、もはや反射的に部屋を飛び出していた。  玄関まで下りてきたところで、どう動くべきか悩んだ。全くのノープランで飛び出してきたので、これから行動すべき道が全く示されていない。格ゲーのように決まったコマンドで必殺技を繰り出せれば話は早いのだが。  二人は先ほどと変わらずに距離を保ったまま睨み合っていたので、まだ私の存在には気づいていないようだ。ひとまずは女の子を中年男から遠ざけるべきか。  気配を殺して近づくも、先に中年男が私に気づいたようで、「誰だおまえ」と声を上げる。その声に女の子も反応して私を見る。そのタイミングで私は走り、彼女の手を取って一目散にその場から離れた。彼女も状況を素早く察知したのか私に調子を合わせて走り出す。  中年男は気負い立って追ってくるも、年齢的な差からも追いつかれることもなく、叫び声はどんどん遠くなっていった。  どれだけ走っていたのかはわからない。それにここがどこかもわからない。  私と女の子は、二人して肩で息をしながらその場に座り込んだ。周りは田園が広がっており、すぐ近くには山の入り口らしきものがある。ずいぶん遠くまで来たようだ。  少女は体力がないのか、私以上に肩を切らして息をしていた。いきなり手をひっぱった私も申し訳なく思い、声をかけた。 「ごめんね……大丈夫?」  なるべく警戒心を持たれないように、割れものに触れるかの如く声をかけた。  彼女はこちらに顔を向けた。マスクをしているので表情が読めない。彼女の言葉を待ったが、口を開く気配が感じられない。じっと私を見つめる目に少しだけたじろいでしまう。 「いきなり……あの人に……」  そこまで言って、彼女はその場にへたり込んだ。よほど怖かったのだろう、彼女が震えているのは目に見えてわかった。  私は彼女と目線を合わせるためにしゃがむ。そっと肩をなでて震えを抑えるようにした。彼女は何も言わないが、徐々に震えは落ち着いた。私は彼女に気づかれないように息を吐く。  一体、何をしているのだろうか。  全く無関係の人であるにも関わらず、いきなり助けるようなことをして。私は正義感の強い人間でもなければ、お人よしでもない。普段の私ならば確実に知らぬふりをしていた。  あの中年男性の目はどこか虚ろで、手には刃物が握られていた。あのままだと彼女は、あの刃物によって切られていたに違いない。  グロテスクな場面を見たくなかったから行動したのか?少しはあるかもしれないが、そうでもない。行動に移った時のことを思い出す。   人助けなんて私らしくないな、と思う反面、動機が私らしいな、とも思った。
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