第三部

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 思案していると、ささやくような声で「ありがとう」と聞こえた。顔を上げると彼女はまっすぐ私を見ていた。その顔には警戒心が見られず、先ほどまで感じていた肩の震えも止まっていた。  質問責めするのは気が引けたので、気を逸らす為にも立ち上がる。そのまま何気なく前方の山のふもとへと視線を向けた。彼女もつられて同じ方向へと目を向ける。 「普通の山だ」  山に呼ばれている気がして足を進めた。彼女も立ち上がって私についてきた。  薄暗い森の中は特に不気味に感じられた。動物や虫の鳴く声も聞こえない。そういえばこの世界に来てからは、人間以外の生物の声を聞いてない。私の大嫌いな黒くてすばしっこい生物もこの世界にいないのならばとても快適かもしれないな、と内心思う。  どこからか風が吹いているのか。私たちが山の中に入るとサアッ…と葉がかすめる音がした。天を覆い隠すほどの高さの木々が一斉に騒ぎ出したかのようだ。  一度京都の糺ノ森という森林に囲まれた場所に訪れたことがあるが、そこを彷彿とさせるような森だ。マイナスイオンを大量に浴びて、リラックスできる。隣の彼女も同じことを考えているのか、大きく伸びをして肌で森の空気を感じているようだった。  彼女は黙ってついてくる。どこか心を許されたような気になったので話を振ってみた。 「あの人は知り合い?」 「ううん、知らない人。私があの人に声をかけたのが悪かったの」 「声をかけた?」 「しんどそうにしていたから。ここに来る人なんて大抵何か抱えているのは当然なのに、性格はそう簡単には変えられないね」  そう言って、彼女は力なく笑った。 「昔からそういった性格だったの?」  詮索するつもりはないよと捉えられるように、あえて軽い調子でそう尋ねる。 「そう。誰かが困ってたら何も考えずに勝手に身体が動いてしまうっていうか…。私は別に見返りも求めてなければ、感謝してほしいとも思っていない。でも、その私の行為に対して鬱陶しいと思う人もいたんだ…。結局いいように使われてこんな世界にまで逃げてきてしまったんだけどさ」  あれ?  ピタッと足が止まった。少し後ろを歩く彼女も足を止めたようだ。  なんだろうかこの感じ。以前にも抱いた感情だ。どこか懐かしさを感じている。  改めて彼女に向き直る。 「アリスってさ、本当に他人に関心がないんだね。ちょっと悲しいな」  その声がいつか見た夢に出てきた少女の声と重なった。  今までは必要なピースのみを集めていたので、どんな絵が完成するのかに関心がなかった。  彼女の顔を見ながら頭の中に散らばったパズルを組み立てた。  それと同時に無意識に髪につけているヘアピンを触っていた。 「そのヘアピン、やっとつけてくれたんだね」  そう言ってマスクを外す彼女。  脳内で完成したパズル。  その姿は、紛れもなくミカだった。
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