第三部

23/38
前へ
/111ページ
次へ
「ガラク……?」 「安心しろ。メイはさっき寝た」  私が尋ねるよりも前に、ガラクは答えて部屋内に入る。 「大丈夫か?」  ガラクは私の目を見て問う。いつになく優しくて温かい声だ。その声に安堵して、そして冷静になることができた。 「ごめん……少し混乱してしまって。見えているものが現実なのかがわからなくなった」  正直に話した。その言葉を聞いたガラクは、溜息をついてソファに腰かけた。 「逃避願望が生まれると、目の前が暗くなるという話は、以前したな」 「え?」 「都合の悪いことは精神的に受け入れられなくなる。そしてそれが視覚にも表れる。そうして裏街道の扉が開かれたと。だからおまえは、目の前で人が殺された現実を受け入れられなくなってるんだ。それに……」  そう言うと、ガラクは私の目をじっと見つめた。少したじろいだが、彼の碧色の目には、どこか哀れみの色も混じっていた。 「やはり気づいていなかったんだな。それほど裏街道に馴染んでいたということか」  言葉の意味がわからずに首を傾げていると、ガラクは言葉を続けた。 「おまえは、もうずいぶん前からメガネをかけていなくても、この世界が見えている」  その言葉を聞いて思わず目の辺りを触った。確かに今、メガネをかけていない。それどころか、ここ最近の私は、メガネをかけた記憶がなかった。  裏街道に来た時は、メガネなしでは周囲が見えないほどに暗かった。色なんてまともに判別できなかった。ショッピングモールへと続く道、初めは暗くて人気が感じられなかった。路地裏なんて真っ暗だった。階段の血痕さえも最近まで気がつかなかった。  それなのに最近は、だんだん人が増えたと感じ、少年のしていたパズルの色も見え、遠方にいる人の姿も捉えることができて、花壇の花の色までわかるようになっていた。  メガネは対象を見ることはできるが、暗視スコープのようなものなので、色まで判別することはできなかった。  あまりに自然に見えているので、ずっとつけっぱなしにしているものだと錯覚していた。 「ここに滞在する中で目が適応し、都合の悪いことは見えなくなる。それと同時に、裏街道の様子が見えるようになっていたんだ」  メイも時間が経てば目が適応すると言っていた。それはこのことだったのか。  だが、そこで再びミカの言葉を思い出す。 ――――ねぇアリス。いまアリスの目には、裏街道はどう映ってる? ――――手遅れになる前に帰ったほうがいいよ ―――一度死んでしまうと、生き返ることはできない  それは目のことを言っていたのか?  それなら今、私の目は―――― 「ねぇ、ガラク」  私はガラクを見て尋ねる。彼は私に目を合わせて反応した。 「今、私の目はどうなってるの?」  裏街道の住民の目は黒い。  メイと初めて出会った時を思い出す。彼の目が黒くて、ホラー特集にでも出てくるように思えて怖かった。メイだけでなく、ここで出会った住民の目はみんな黒い。  だが最近では、目が異様だとは思わなくなっていた。そのことにすら気づかなかった。  ガラクは同情するように小さく息を吐いて答えた。 「もうずいぶんと、黒くなっているよ」
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加