第三部

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 ミカの言葉の意味が理解できた。つまり目が黒くなることは目が死ぬということ。ミカは私の目を見て、それに気づいたからあんなことを言ったんだ。  ということは、 「ガラクは、私の目が死にかけていることは気づいていたの……?」 「あぁ。はっきり気づいたのは、おまえが花の色を認識した時だが、最近は目に見えて黒くなり始めている」  主婦に花を貰った時のことだ。確かにあの時のガラクは少し驚いたような表情を見せた。  何故言ってくれないんだと思ったが、逆に何故と問われるのは目に見えていた。それがこの世界の通常だから。何より私はいずれ死ぬのだから。  今、私の目がどんな風に見えるのかが気になった。  確認しようと立ち上がるが、そこで静止する。  このアパートには、鏡がない。  そのことから、もうひとつわかったこと。  メイはこれを懸念して、鏡をあらかじめ外したのではないのか。  私はメイに初めて出会った時、目が黒いことに畏怖してしまった。自分自身がそのような見た目になっているのだとしたら、鏡でその現実を見てしまったら、元に戻りたいと、表に帰りたいと思ってしまうのではないのか。  何も証拠がないが、そう考えると鏡がないことにも納得できた。  立ったまま静止した私を見る視線に気がつき、我に返る。私はガラクに向き直って尋ねた。 「目が黒くなると……どうなるの?」  そう尋ねると、ガラクは小さく首を振って口を開く。 「表で生活するのは困難になる」  ガラクは頭上を指差す。指された先には電気があった。 「まずは電気。明るいものは刺さるように眩しく感じる。それもただ眩しいというわけではない。目が焦げるほどの痛さだ。視界が奪われることによって生活が不自由になるのは、この世界に来た時におまえも感じたことだろう」  確かに裏街道に来た時はとても暗くて不便だと感じていた。  そして思い出した。アパートの部屋に初めて入室した時、メガネをかけたまま電気をつけた。あの時の刺さるような衝撃を。色は判別できないが、それでもメガネが裏街道の住民の目の役割をしていたなら眩しいと感じるのも当然だ。  ガラクは足を組みかえて続ける。 「そして、裏街道の扉の話をした時にも言ったことだが、都合の悪いことは見えなくなる。実際には現実でありながらも、受け入れられなくなるんだ。ここの住民の行動原理は自分でしかない。だからおまえも、森で見たメイの行動を受け入れられなくなっていた」  今まで自由と感じていたことも行動原理が自分だったから。だからこそ裏街道の住民は他人に干渉しないと言えるのか。花をくれた主婦も自分が相手に渡したいから行動したように見えていた。 「だったら、今まで私が見ていたものは……」 「全て現実だ」ガラクは、はっきりと言った。 「目が死ぬと、視覚的にも精神的にも現実が見えなくなる。そして」  ガラクは自分の目の横をとんっと指差した。 「しばらくここに住み続けていると、例え目が死ぬ前に訪れた表の人間も裏街道に目が慣れる。食事をとらなくてもいい身体になるように、この街に来た時点でゆっくりと適応し始めるんだ。そして、時間はわからんが適応し始めると早い。だからおまえが表に帰る頃までには、目は完全に死んでいるんじゃないのか」  元々私は表に帰ったら死ぬと言っていた。だけど、もし実行しなくても、帰る頃には目が完全に死に、表で生活することが困難になるから、どのみち裏街道に住むしかなくなる。  だからメイは、表世界に帰ると言った私を止めなかったんだ。 「だが、まだ死んでない。だから生き返る可能性はある」  ガラクは目を細めて、私に顔を向けた。 「表に帰るなら、今のうちだ」 
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