第三部

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 公園にはやはりメイがいた。滑り台の下で小さく丸まっている。彼の着ているうさぎの服は真っ赤に染まり、手には大ぶりのハサミが握られていた。  それを見て立ちすくんでしまう。ガラクも息を飲んでいた。だが小刻みに震えていることがわかり、私は深呼吸してから名前を呼ぶ。 「メイ……?」  少しずつ近づく。メイは私の問いかけに反応しない。 「メイ」  今度は少し強めに、はっきりと聞こえるように名前を呼んだ。今、メイがそこに存在しているのだと自覚できるように。 「どうせアリスだって、表に帰っちゃうもんね」メイは投げやりに呟く。 「みんなみんな、表に帰っちゃう。どうして?どうしてあんな場所に帰りたいの?弱いものはイジメられて、いいことなんて何もないあんな世界にどうして帰ろうと思うの?ボクは、表で生まれたせいで嫌なことばかりだった。何不自由ないこの世界の何が不満なの?どうして暴力や権力差別恐喝で溢れているあんな汚い世界に帰ろうと思うの?ボクはわからないよ」 「ど、どうしたの……?」  メイが何故いきなりそのようなことを言い出したのかがわからなくて困惑していた。私が帰るのは元々知っていたことじゃないか。 「オレのせいだ」  後ろから声が響く。その声に振り向いた。ガラクは顔を僅かに引き攣らせて目を落としていた。 「ガラク……?」  先ほども聞いた言葉だ。私は状況が読めずに目を白黒させた。  その瞬間、メイの表情は一変して、滑り台の下から飛び出した。  そして、持っていたハサミで――――――ガラクの太ももを突き刺した。 「――――――ッツ!」  声にならない悲鳴がガラクから漏れた。きれいな白いズボンがじわじわ鮮血に染まる。突然の衝撃にさすがのガラクも目を見開いて顔を歪ませた。 「ガラク!」  咄嗟にガラクの元に駆け寄る。メイは無言のまま、突き刺したハサミを抜く。それと同時にガラクはその場に膝をついた。 「メイ……」  絞るような声でガラクは問う。メイは眉間に皺を寄せて、どこか悲しそうな顔をしていた。 「だって、ガラクも表に帰っちゃうんでしょ……そんなの、そんなの絶対ボク認めないから」  そう叫ぶと、メイはその場から走り出した。後を追おうとするが、目の前で唸るガラクが視界に入り、足を止めた。放っておけない。彼の肩を支えて身体を起こす。 「早く……早く手当しよう……‼」 「わ、悪い……」  ガラクは細見だが、身長が高いのでそれなりに体重がある。  私まで倒れないように足に重心をかけて、近くのベンチに座らせた。 
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